第12話 スキルゲット

「……うまっ」


 目の前のスープをかけこむ。スープを飲む手が止まらない。ジャバウォックの肉をふんだんに使ったスープ。依頼人夫妻の手料理だ。


「タニア様には、感謝しても仕切れません」


 この深々と頭を下げている男は依頼人の旦那。ダンジョンの最奥で保存食として捕らえられていたので、担いで運んできた。


「頭を上げてください。あくまで冒険者として依頼をこなしただけです」


 好意は素直に嬉しい。だが、こちらもプロの冒険者だ。報酬を受け取っている以上、紛れもない仕事だ。あまり畏まられると逆に申し訳ない気分になる。


 そもそも救助できたのも半分は運だ。ジャバウォックが捕らえた獲物を麻痺毒で拘束して生きたまま保存食として蓄え、生きたまま新鮮な肉を食べるという性質があったから助けられたという理由もある。


 ちなみにダンジョンの最奥に保存食として捕らえられていたのは、他にも冒険者が十人ほど。依頼をこなすついでに救助した。


(……とはいえ、救えたのは間一髪のタイミングではあったんだよね)


 ジャバウォックの麻痺毒は、体の大きい魔物にとっては致死毒にはならないが、体の小さい人間にとっては死に至る毒。あそこで私が引いていたら、麻痺毒によって冒険者たちはみんな衰弱死していたことだろう。


「おかわりしてもいいですか?」


 ジャバウォックの肉をふんだんに使った肉入りスープ。実はこれで十皿目のおかわりだ。 夫妻には申し訳ないなとは思うのだが、うますぎて手が止められないのだ……。


(……うまい。うまい。うまいっ)


 スープに浮かぶ肉は霜降りのトロ肉。口に含むと淡雪のように溶けるのだ。そのくせ脂っぽさやしつこさがない。


「冒険者やめて酒場でも始めようかなって……」


 苦渋の決断だったのだろう。男は絞り出すようにして語った。正直、集中して食べているので喋りかけるなとも思った。だが、私は我慢して黒竜騎士としてふさわしい対応を取ることにした。


「良いと思います」


 私はそう応える。他にやりたいことができたなら、そっちの道に進んだ方が良い。冒険者として生きるだけが人生じゃない。これは、偽らざる本心だ。


 それに、彼の奥さんのおなかもだいぶ大きくなっている。まもなく二人の間に子供も産まれてくるのだろう。


 今回はたまたま助かった。だが、そんな奇跡が続くとは限らない。見たところ男性は三十代半ば、冒険者以外の人生を始めるにはまだ間に合う年齢でもある。


「あの……。宗教上の理由で……食事中は喋ってはいけないことになっていまして」


 宗教上の理由うんぬんは嘘だ。だが、旦那が割とウザ……、饒舌なタイプで夢や自分語りが止まりそうになかったので、最強の切り札。『宗教上の理由で…』を使って静かにしてもらうことにした。


(……よし。やっと、集中して食べられる)


 肉だけではない。たくさんの野菜が煮込まれたスープ。私はホクホクのジャガイモを口に運ぶ。


「んっ、はっ、お野菜……はふっ、うまっ」


 野菜にもダシが染み込んでいてまるで別物。しかも具だくさん。そもそもスープに具が入っているということ自体が私にとっては贅沢だ。


 冒険者の酒場で出されるスープは具なしなんてザラ。スープに肉の切れ端が浮かんでいるだけでテンションが上っていたくらいだ。


 何種類もの野菜と竜の肉がふんだんに入った豪華なもの。これは、もはやスープではない。料理の主役をはれる器。メインディッシュと言っても過言ではない。


 ジャバウォックスープを満喫していると、山盛りの串肉の盛り合わせがドンと置かれた。 香辛料でちょっとピリ辛の味付けで、肉の味が引き締まって美味しく感じる。


(……身体の芯からあたたかくなるような)


 リューは剣なので本来食事は必要としない。定期的に魔石を与えていれば、餓死することはない。……なのだが。


『おい、小娘。お前だけズリーぞッ。我にも食わせろッ』


 というような感じで、食への執着心は意外にも強い。私は舌の感覚をリューと感覚共有する。


『なんだこれッ? あんなグロいのがこんな旨くなるのか!?』


 誇張でなく、旨い。強力な魔物ほど身体に蓄える魔力量が大きくなるためか、ベースの旨味は全く次元が違う物となる。……ましてや、竜ともなると。


(舌の上でとろけるような淡雪のような肉……)


 こんな柔らかい肉を食べたのは初めてだ。普段干し肉ばかり食べているからそう感じるのかもしれないけど、それを差し引いてもこの柔らかさはヤバい……。


「んっ、はっ、……お野菜……お野菜が美味しいのっ。んっ、はあぁ……っ、んっ……らめぇ……あう……死ぬ……旨味に殺されるっ! 助けて……死ぬ、死んじゃうっ」


 ……自分でもなにを言っているのか分からない。旨味が頂点に達し、からだの奥から旨味の波みが押し寄せる。


『小娘……。お前、……死ぬのか? 死ぬな! 小娘ーーッ!!』


 ピカーッ! 黒竜紋が激しい光を放つ。


「ふえぇ……。なにこれ……光ってる……私光ってるんですけどっ」

『はわわわ……』

「ふえぇ……。私、スキル? スキル、獲得しちゃったよぉっ!!」


 突如光りだした私に困惑気味の依頼人夫妻。


『小娘。……よくやったな。スキル【引力操作】ゲットだゼ!』


 かくして、引力操作のスキルを獲得するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る