第10話 竜鎧装着

『悪趣味にもほどがあるだろ。オイッ……』

「さすがにきついわね」


 まだ、完全に透明化を解除していないせいかその姿は正確には見えない。現時点で分かることは、この竜には目がなく、ノッペリとした顔にヤツメウナギのような口を持ち。


 蛇のように長い全身は粘液で覆われているということ。無音で動けたのはこの粘液によって接地面の摩擦を無くしていたからだろう。


「覚悟を決めて。あなた、――【竜殺し】包丁でしょ」

『でもよぉ。ぶっちゃけ、我。竜殺し童貞なんだよナァ……』


「はぁ。看板詐欺もいいとこね。良いわよ。それじゃ、コイツに筆下ろしして貰いなさいっ」

『おめぇも言うようになったじゃねぇかッ。ヒヒッ、仕方ネェ。この気色悪いバケモンに我の竜殺し童貞をくれてやんよっ!』


 この竜に一撃入れた時、確信した。このままでは、絶対に勝てない。私に残された切り札は一つ。――竜鎧装着ドラグアムド


 完全展開時には全身を漆黒の強化外装を覆うことが可能。竜鎧装着ドラグアムドをすることで、身体能力を大幅に強化可能。全身を黒竜神の加護を得た外装で覆う黒竜騎士のみが有する超常の力。


 対竜を想定した決戦装備。黒竜神より下賜される竜鎧装着ドラグアムドには、一種の祝福として固有の名が与えられる。私の外装に贈られた名は、【アルマトスフィア】。


 この漆黒の外装は如何なる攻撃も通さず、少々長い呼び名なので、戦闘時は略してアルマと呼んだりもする。非常に強力な兵装ではあるのだが、魔力消費が激しいため、使用するのはここぞという時のみに限定している。


 外装の名は黒竜神が直々に決める。名は単なる個体識別の記号ではなく、意味性という性質を持つらしい。いわゆる、祝福や呪詛と言い換えても良いかもしれない。


 名は上位の者から授けられることによってより意味性が強くなる。悪意を持って付けられた名は呪いに、愛をもって授けられた名前は祝福になる。


(正直、黒竜神さま……つまり私のお師匠さまの言っていた意味性っていうのは、私にはよく分からない。たぶん神レベルの視座に立たないと理解できない概念なのだろう)


 私がお師匠さまから下賜された竜鎧装着ドラグアムド、アルマトスフィアには、他の黒竜騎士の物とは異なる特徴がある。


 通常の竜鎧装着ドラグアムドは黒竜紋に魔力をこめるだけで展開できるのだが、私のアルマの展開には竜殺し包丁という触媒が必要となる。


(私だけでなくリューに貯蔵された魔力も使えるというメリットがあるのよね)


 リューは武器であると同時に、アルマトスフィア起動のキーとしても機能している。アルマの稼働限界は、私とリューの魔力が尽きた時。


(だけど、その切り札もこのダンジョンじゃ使えない……)


 その理由は二つある。第一にこれだけ狭い場所で展開したら小回りが効かなくなり、一方的にタコ殴りにされるから。


 更にあれだけの魔物と戦った後で、リューも私も魔力残量の問題で、完全な展開が不可能であるということ。


 多少の休息が取れたとはいえ、魔物の群れと戦った時の疲労が身体に蓄積されている。そして、残された魔力量も残りわずか。


(……つまり、短期決戦しか勝機は、ない)


 万全な状態で戦えないのなんていつものことだ。


「リュー。アレ、やるよ」

『しゃぁねーなぁ。失敗しても恨むなよ』


 こくりと頷き、左右の腕をスッとを前へ伸ばし、三節詠唱。


「黒き鎧よ 護りの力を以て 竜を滅せよ」

「アルマトスフィア」『――限定展開ッ!!』


 伸ばした腕を魔法陣が通り抜ける。私の左右の両腕に漆黒の甲冑が装着される。


「やったわね。成功よ」


 身体の一部に限定した装着に成功。私は竜殺し包丁を構え、滅すべき竜に向かって駆けるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る