第9話 竜

 あえて、デタラメに竜殺し包丁をブン回すことで、砂煙を巻き起こし、不可視の敵の姿を浮き彫りにするため。


 透明な姿であればあるほど、砂煙の中では逆に目立つ。砂煙の舞う中で、透明な場所になっている場所こそが、敵の居場所。一気に駆け、一撃で殺す。


「たりゃぁっ!」


 ――ズバァンッ!!


 全身全霊の力を込めで上段から竜殺し包丁を振り降ろす。巨大な魔物の肉を斬り裂いた、その確かな手応えを感じている。手加減した訳ではない。


 なのだが……おかしい。かなり深くに斬り込んだ手応えは手のひらに感じている。だが、それだけだ。両断はできず、致命打にもなっていない。


 黒竜騎士としての剣技と竜殺し包丁をもっても斬り伏せられない敵。考えたくもないが、それは……。


 ――ヒュッ


 砂煙の舞う中での一撃。鞭のようにしなる尾の先端は音速を超えている。パァンッと空気が爆ぜる音が聞こえた。確かに当たればケガでは済まないし、脅威ではある。


(……だけど、もうその攻撃は私には当たらないっ!)


 だが、砂煙によって予備動作が見えている今、これに対処が可能。尻尾を振るう前に必ず、タメがある。私は放たれる尾の挙動を予測し、身体を捻り最低限の動きでこれを回避。


 ……魔物の透明化が徐々に解けてきている。致命打には至らなかったがあの一撃によって、透明化を維持するのが困難になる程度のダメージを与えることはできた。


『小娘、おめぇの手柄だッ! おめぇの一撃がよっぽど効いたのか野郎、不可視化が解けてきてるゼッ!』


 リューの言う通りだった。不可視の暗殺者は完全に透明化を解除し、その禍々しい呪われた姿をあらわした。


「……こいつ、まさか……」


 私に刻まれた黒竜紋が反応している。黒竜紋には相対する竜が本気の殺意を向けた時に反応する特性を持っている。つまりは、今までのは前哨戦。これからが、本番ということ。


(……つまり、ここからが本番ってことね)


 透明化など不要とでも言わんばかりにあっさりと切り捨て、その異形なる姿を晒す。


『はは……。冗談だろ。おい、冗談だよナァ。こんな、辺鄙な場所によぉ……割りがあわねぇとは言ったがよ。流石にこりゃ、やり過ぎだろうよおぉぉッッ!!』

「残念ながらこれは現実よ。間違いない。コイツは、竜」


 黒竜紋が紫の淡い光を放つ。この異形の存在が【竜】。そう告げている。竜には定形が存在しない。たとえば、今わたしの目の前にいる、白蛇のようなバケモノも竜なのだ。

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