第5話 嵐のあと

『ヒャッハァーッ! 死ぬにゃぁいい日だァッ!』

「おあいにくさま。私は死ぬつもりはないけど、ねっ!」


 ぐるり。ゆるり。大きな弧を描き遠心力を加え巨大な鉄塊をブン回す。魔物の群れを相手にするには斬るのではなく、面で叩く。一匹一匹斬り伏せているような余裕はない。


 私の相手は『魔物の群れ』という単体の生物と思い、自然災害として扱われるスタンピードを相手取るには常識なんて通用しない。つまりは――そういうことだ。


(いやいやいや……。冷静に考えれば自分で言っておいてなんだけど、ムチャクチャな理屈なんだけどねっ!)


 不可能を可能に、死地に活路を、無理を通して道理を砕く。それが――。


『冒険者ってモンだよなァッ!!』


 巨大な鉄塊が嵐のように魔物の群れごと薙ぎ払うのであった。



   ◇



『ヒヒッ。ここまでくりゃ、消化試合だナッ』


 近づいてきた魔物数体を回転斬り。ほとんど力をこめずに遠心力と竜殺し包丁の重量だけで、両断した。


「そうね」


 敵の三分の一を斬り伏せた頃には、潮目が変わっていた。群れの先頭の魔物が後退しようとするのに対し、前線で起きている惨状を見ていない後続の部隊が衝突。


 引き返そうとする前線の部隊と前に進もうとする後続との間で押し合いへし合い、ついには魔物同士で殺し合いが生じた。もとより同族の間ですら殺し合うこともある魔物。


 このスタンピードを構成する主たる魔物は、ゴブリン、オーク、コボルト、スライム、異なる種の群れの混成部隊。目の前の人間への殺意よりも恐怖が上回った以上、もはや魔物の敵は、魔物。


 もとより、弱肉強食の殺し合う間柄の魔物たちが相争い、殺し合う。一度混乱が始まるともはや私が何かをするという段階ではなくなっていた。


「この状況でまだ諦めない魔物も居るとは、驚きね」


 遠くで枝の杖をふりかざし魔法の詠唱を始めているゴブリンが居た。


「たりゃ」


 ダンジョンの落ちている大きめの石を拾い、顔面に向かって投げつける。直撃、そして爆散。一撃で致命打にはならないにしても、魔法による攻撃、毒矢は避けたい。


 過去の経験からその脅威は理解しているので、最優先で討伐するように心がけている。警戒すべき魔物であるが、冷静に各個撃破すれば脅威というほどの魔物ではない。


 魔法を使うまでもなく、投石だけでも十分に対処可能な脅威だ。魔物達の誤算は私が逃げずに群れに向かって前へ前へと突っ込んできたことだろう。


 もしも、冷静に対処することができたなら、もしも異なる魔物同士で連携できたなら、また違う結果になっていたのかもしれない。


(……その時はこちらも奥の手を切っていたけどね)


 言うは易し行うは難しだ。襲いかかる無数の魔物の群れに向かって突き進むのは、激流に抗い真逆に泳ぐにも等しい無謀。


(だからこそ奇策として通用した)


 ……奇策を成立させるためには、敵の想定を超える行動を取らなければならない。圧倒的不利な状況を覆すには、時には定石ではなく、奇策も有効。


 もちろん、あくまでも博打だ。今回はたまたまうまくいったが、それは単に運が良かったというだけのこと。やはり、基本的には定石に従うのが最善。奇策の乱用は禁物だ。


『ヒヒッ! どうなることかと思ったが、何とかなったな』

「出たとこ勝負だったけど。なんとかなったわね」

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