第4話 スタンピード
……どれくらい歩いただろうか。狭く暗いダンジョンのなかは時間感覚がおかしくなる。磁場も乱れているため、方向感覚にも影響が出てくる。
何も考えずに奥へと進めば、元の道に戻ることすら出来ず、そのままお陀仏。
(……やっぱり、薄暗いダンジョンで一人っていうのはキツイわね)
魔物の強さがどうこうという以前に、単純に精神を削られる部分が大きい。本音を言うと、リューの存在が心の支えになっているという部分はある。
くだらないことを言いあえる相手がいなければ、私の精神が耐えられるか……。怪しいところだ。ダンジョン攻略は単純な戦闘力だけでなく精神強度も求められる過酷な場所だ。
(お調子者のリューにそんなこと言ったら、調子に乗ってしつこいくらいネタにされるから言わないけどねっ)
『……この音……いや、まさか。おい、小娘』
「なによ?」
『説明は後だ。タニア! 我を石壁に叩きつけろ。――今すぐにッ!』
「――ッ!」
この手の状況で冗談をいう奴ではない。私は、フルスイングで竜殺し包丁を目の前の壁に叩きつける。巨大な鉄塊と鉱石のぶつかりあう巨大な音がダンジョンに響き渡る。
何故? そう考えるまでも無かった。リューが私を小娘ではなく、名前で呼ぶときに、決して冗談を言ったりしない。
そして、その時のコイツの言葉に私は今まで何度も窮地を救われてきた。――キィーン。音叉を力任せに叩きつけたような暴力的な金切り音がダンジョンに響き渡る。
リューの能力の一つソナー。音の反響によって空間の広がりを認識する能力。それは、光なきダンジョンの中でも有効!
『……やべェ。……こりゃッ、マジやべぇぞッ! スタンピードだ!』
「聞くのが怖いんだけど、ヤバいって、どれくらい……?」
スタンピード。偶発的に発生した魔物の群れの強襲を意味する。あまりの理不尽さ、悪辣さから天災として扱われる現象。地震や雷のように、避けられない自然現象。
『……楽観的に見積もって、生存率は一割程度……』
「へぇ……。それは、ヤバいわね……」
「……魔物の数はどれくらいか、分かる?」
『ちょっと待て待て、ソナーで把握できる範囲で百を超えてやがるッ!!』
スタンピードを自然災害として扱うのであれば、人間が取るべき行動は一つ。速やかな避難だ。だが……。
『おいおいッ! なにボサッと突っ立ってやがるッ! 撤退だ! 入り口まで我がナビしてやる。だからッ……っておいッ!?』
スタンピードは自然災害として扱われているだけで、魔物の群れ。一匹一匹斬り伏せていけば、殺しきれない相手ではない。
(まぁ、アリが象に挑むよりはまだ勝算はあるわよね……)
生存を第一に考えるのであれば速やかな撤退が最善手。つまり、私よりもリューの現状分析の方が正しいということだ。
その一点において、私はコイツに絶対の信頼を置いている。だけど、その上で……。
「――ごめん。覚悟を決めて。私が進むのは後ろじゃなくて、前よ!」
竜殺し包丁を握りしめ地面をダッと蹴り、魔物の群れに突っ込む!
「たりゃぁっ!」
魔物の群れの先頭を駆けていたゴブリンを2体丸ごと爆散させた。巨大な鉄塊である竜殺し包丁で殴りつければ、小型の魔物程度は赤いペンキの詰まった風船に針を刺すかのごとく、爆散する。
――パァンッ 石壁は赤く染まり、ゴブリンだった存在はもはや文字通り跡形もなく消し飛んでいた。だが……。
(……ちょっとはこの一撃で引いてくれると期待したんだけどねっ!)
眼の前で跡形もなく消し飛ばされた仲間を見ても、スタンピードの勢いを止めるには至らず、次から次へと襲いかかってくる。
「はぁ……はぁ……。これじゃあ、キリが無いわね」
『まだ、一割も削れてねぇ。これじゃジリ貧だッ』
身の丈を超える長大な剣が弧を描き、オークの群れをズバァンッと断ち斬る。
『現時点で、撤退は不可能だ。諦めろ。死中に活を求めるなら、前へ駆けろ』
「それって、前言ってた虎穴に入らずんば虎子を得ずって奴?」
『いや、どちらかというと蛇が出るか鬼が出るか。出たとこ勝負だ。この賭け、乗るかッ?』
質問に答える前にすでに駆け出していた。襲いかかる魔物の群れを迎い撃つのではなく、むしろこちら側から敵陣にむかって突っ込む。
「たりゃぁっ!」
ダッと地面を蹴り、スタンピードの第二陣に向かって剣を薙ぐ。無数の魔物が吹き飛び、千切れ、捻れ、爆散。肉塊に変じた。
『やっぱ、おめぇはそうじゃなくちゃダァッ! 行くぜぇ! 片っ端からブチ撒けるゼッ!』
「当ったり前でしょっ! 一匹残らずまとめてミンチにしてあげるっ!」
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