第17話 色々ある連中と国

 あいも変わらず炎成エンセイは大忙しであった。


 理由が追加されたからだ。


 ビサニティから正式な声明発表があったのだ。


 『我々は我々を脅かす勢力を許容しない』


 要約するとこのような文言が龍脈ネットワークに流れ、各国が陽昇ヨウショウ・ビサニティ間の動向を注視している。


 そして、付随してその国境でも剣呑な事態が発生していた。


 ***


『龍脈よーし』


 長城砦ちょうじょうとりでより外側。


 『東方不敗とうほうふはい』は隠密ステルス術式によって姿を隠しており、陽光は何も遮ることなく大地を照らしていた。


 その下。


 金属特有の光沢のある反射で存在感を示している大きな人型がいた。


 『よろい』だ。


 それの仕手して赫鴉カクアが専用のソレを展開している。


赫鴉カクア様、接続は如何でしょうか?』


『おう、良好良好。ついでに黒狼コクロウの知覚補助も効いてんぜ』


『さっさとしろ。ただでさえ立て込んでいるんだ』


 術式通信に乗る男女の声。


 現在、彼は国境──主に通商路──にて魔獣の掃討任務に当たっていた。


 その協力に白星ハクセイ炎成エンセイに戻って来た黒狼コクロウが付いている。


『わーってるよ。んじゃ、オペレート頼むわ』


 そう言って知覚素子に意識を向けると、何もない街道に点々とマーカーがつけられていくではないか。


ひとつ!』


 舗装を砕かない程度に踏み込んだ赫鴉は、手近なマーカーに接近。


 震脚しんきゃくで地中を揺らす。


「Gyath!」


 すると、地面が光ってそこから人間大の六足の獣が飛び出た。


 すかさず左の牽制打。


 ただ、牽制打であっても途轍もない出力故に容易く命を刈り取る。


『やはり粉になるか』


 絶命の手応えから得た結果は、軽く吹き飛ぶ粉だった。


 湿り気や重さを感じるものではなく、そよ風でですら全てが吹き飛ぶ密度と粘度のないそれだ。


『もひとつ!』


 と、言いながら震脚しんきゃくで飛び出してくるのは三つだった。


 その心臓らしき部位に左を一発ずつ。


 速射にてその数だけ死ぬ。


 声の上調子と違って仕事っぷりは冷酷冷静だ。


『検出術式、稼働良好』


『知覚リンク、正常だ』


『んじゃ、もっとアゲてくぜ!』


 巨槌を展開すると、道を砕かない程度に叩きつける。


 出力任せに、ではなく『通す』と言うべき震動は派手な音に見合わない破壊とそれ以上の範囲で魔獣を叩き上げた。


『カッ!』


 天に無数の魔獣。


 雨雲と見まごう群れのそれらは、空中で何がなんなのか分からずにもがいている。


 そこへ、


『──オラッ! 一丁上がり!』


 槌の一振り。


 しかし、それだけながら破壊は衝撃波を伴っていた。


 目に見えないそれは、しかし確実に目に見える結果を現し、辺りをいでいた。


 具体的に言えば、赫鴉カクア自前の膂力りょりょくにて放った衝撃波にて、空に飛ばした魔獣を塵に変えたのだ。


『見事な力技だ』


『おう! 知覚補助でかなり見えやすかったぜ』


『それでは検出術式の最終試験を終えます。後の細かい調整は現場にて、ですね』


『……皮肉が通じん奴らだ』


 ***


 『東方不敗とうほうふはい』、皇族居室。


 広々とした空間に幾つかの調度品とその中身が収まっている。


 その部屋には着流しの赫鴉カクア、軽装の黒狼コクロウがいた。


「意外と物が少ないんだな」


「まあな。本だとかのかさばるモンは術式媒体に変えてある」


「で、そのかさばる代表の服なんかもコイツらに置き換わった、と」


 皇太子は首元を引っ張り収縮性を確かめている。


 彼と次男がインナーとして纏っているのは全身をくまなく、張り付くようにおおうモノだった。


「ま、今んとこは俺ら分はオーダーメイドだぜ」


 一目見て分かる違いといえば、黒狼が首元が空いていたり、手首足首までだとすると、


 赫鴉のは首は喉仏まで被われて、手は第二関節まで、足は踵と甲まで布があった。


 スエットスーツにも似たそれは黒を基調に赤と金が引かれている。


「以前の服より術式付与容量や勁力けいりょく循環効率の上昇、諸々込みなのに不満なのですか?」


 奥から現れたのは同じインナーを着た白星ハクセイだ。


 三桁バストのラインが出るそれは彼女の激しい起伏の体を惜しげもなく主張させる。


「……」


「なにか?」


「ハッキリ言えよ! 例えば、白星のボォォオオンッ! ギュッヂュ! ボォォオオン! な体のこととか!」


 黒狼コクロウ赫鴉カクアに顔面。


「イっテぇな!」


「腹立つこと言ったからな」


 鼻を抱える赤髪は目の前で右手を頭に、左手を腰に当ててポーズしている金髪に這って駆け寄る。


「うぉん! 白星ハクセイ! 皇太子のお坊ちゃんがイヂメるよぉ!」


「よしよし、きっと外征で連座任命された赫鴉カクア様が鬱陶しいんでしょう」


「一時的に同列になったからな。存分に肉体コミュニケーションしても問題ないのが利点だ」


 目下、青筋を立てて指を鳴らす黒髪は嘘泣きの次男坊に腹が立った場合に彼をサンドバッグとするようだ。


「婦女を殴らないあたりは割りかし日和ってますね」


 膝が顔面に飛んだ。


「危ない危ない」


「……チッ」


 ブリッジでかわした人妻は着いた頭を起点に更に脚を跳ね上げて立つ。


 座っているその夫は「まあまあ、煽んなって」と妻をなだめていた。


「夫婦水入らずの部屋に小骨みたいなのが引っかかってウザいとか思ってませんから」


「仕方ないだろが。今の情勢だと俺に見合う護衛がお前達なんだから」


 皇太子も座って投影端末を表示する。


 幾つかを二人に投げた。


「ビサニティ外征に『東方不敗とうほうふはい』の投入の決定。それも皇帝からの直々の勅命だ。いよいよもってシクれなくなったな」


「プレッシャーか?」


「バカ言え。より挑み甲斐が出ただけだ」


 白星ハクセイも座って投げられた投影端末に目を走らせる。


「世界征服に関しても長々書かれていますが、要は『陽昇ヨウショウの利益になればOK』とのことですし、皇帝陛下は何をお考えで?」


「さあな。ま、おそらくアウトソーシングだろう」


「その心はンだよ?」


 発起人でもある赫鴉カクアは不満気な口の尖りだ。


 元々計画されていたとはいえ、『飛行都市戦艦プロジェクト』を前倒しした上に世界征服まで提案したのは彼なのだから、その心情を持つのは仕方ないだろう。


 黒狼コクロウは一枚の地図を広げると、三人の中央に表示する。


「今の陽昇が大陸の三分の二を占めてるのは知ってるよな?」


「たりめーだろー」


「それで国土広げるのを止めていた時期はどうだ?」


「今から五百年前程。『量狗リョウク』が開発された時期になります」


「んで、内政に力入れてたのが今まで、と」


 そうなる、と黒髪


 彼は皇帝の『炎成邑エンセイゆうの宣言について』の項目を持ってきて、


「皇帝陛下も国が落ち着いてきたから、宇宙そらか自分の星に目を向けたかったんだろう。プロジェクトがその証拠だ」


「確かに『東方不敗コイツ』は恒星系余裕でブッ千切れるからな」


「それを出来るから軍事利用ってことでしょう」


 金髪は二律空間から茶瓶と器を取り出し、人数分注いでサーブ。


 受け取る二人は一息いれて、流れてくる諸々の情報を表示する。


「お前の世界征服宣言に関してはウチの武力にビビって消極反対と賛成が主になってる」


「積極だとかはビサニティみたいな国としてこっちに反感がある連中だな」


 ごく少数ですが、と白星ハクセイ


 彼女はこれまでの各国の声明に対応してきた身としての所感を言う。


「それでもウチほど国力がない国がほとんどですので、炎成エンセイに任すだけで十分という形でしょう」


「いやまあ、こう改めて整理すっと中々陽昇ヨウショウがブッ飛んでるのが分かんな」


炎成ココも十分飛び抜けてるだけだろうが」


 半目で華茶をすする黒狼コクロウ


 彼はカカッ、と笑う赫鴉カクアと、なんともなく茶に口をつけている白星ハクセイを見てふと思い出す。


「なあ、お前らって喧嘩したことあんのか?」


「……なんですか、急に?」


「おう? 毎日バルバルボインボインの乳揉んでるのに、喧嘩する暇があると思ってんのか!」


 すかさず夫は妻の背後に回ると、その手に余りある乳房を持ち上げ指を沈める。


「なに仰け反ってんだ」


「い、いや、このインナー、揉むと素肌とは違った滑らかさで乳心地が味わえて……!」


「全く、これから毎日揉むことになりますよ? 早く慣れたらどうですか?」


 かくゆう次男は舌まで痙攣してるようで、その割に両の肉実はしっかりと十指を離してはなかった。


 その夫婦めおと漫才を見て深いため息の皇太子。


 半目をそのままに茶で気を紛らわせている。


「ったく、直球に聞くぞ。以前の龍脈の不安定に心当たりはあるか?」


「「……」」


 白星ハクセイは黙り、赫鴉カクアも黙って彼女の肩に顎を乗せた。


「なんかあったか」


「あんま面白い話じゃねえぞ?」


「ま、今では思い出ですが」


「じゃあ、端的に話せ」


 俺が興味が持ったら深く話すようにしろ、と皇太子。


 んじゃ、と辺境邑へんきょうゆうの次男。


「白星にレイプされてヘコんだ」


「……思ったより重い話になりそうだな」


「実際重いですよ。当時は大変でしたから」


 立ち上がる赫鴉カクア


 キッチンの棚に向かう足取りだ。


「ま、興味持ったなら話すからよ。長くなっから茶菓子でもつまんで聞いてくれよ」

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