第14話 蒼白い唇はルージュで誤魔化すのさ

「ホントに大丈夫かよ?」


「今すぐにブッ倒れたいところですが?」


 白星ハクセイは不調とウンザリを隠さない声色と血の気のない顔で返す。


 視察団代表一行に寄生していた魔獣を迅速に処理し保護した赫鴉カクア一人と彼女の三人の分身体は、後処理を部下に任せて近場の指揮所に入っていた。


「そんな不調なら、俺らに任せてもいいんだぜ?」


「それはそうですけど、いい加減慣れませんと今後に関わりますので」


「にしたって、こんな体当たり行き当たりばったりでいいのかよ?」


「私だってこれは当たって欲しくはなかったです」


 白星ハクセイは投影端末から寄生感知兼排出術式を各部署に送っていた。


 一度組んでさえすれば他人にも使えるのが術式の強みだ。


「うい、指揮下の連中の準備整ったぜい」


「こちらも必要な術式類の用意、配置が完了しました」


「おう、んじゃ、やりますかね!」


 ***


「では皆様、ご準備を」


 検疫所にて、一箇所に集められた各国の使者、その関係者が並んで投影端末を開いていた。


 指示を統率するのは白星ハクセイの分身体の一人だ。


 そのそばにもう二人の分身体がいる。


「今から並列接続し、カウントの後に件の術式をインストールしますのでそのまま待機を」


 待機団の内、その一人が手を挙げる。


「あの……、何故我々が寄生されてると分かったのですか……?」


 簡単です、と金髪らは言う。


「私が産んだ……正確には血筋としての子を遺伝子情報として術式感知したまでです」


「なっ……!」


 彼女の返しに、その使者は言葉を詰めてしまう。


「気色悪いのは確かでしょう」


 しかし、と白星は術式伝達強化目的の『鎧』を腕部展開し、手を挙げ、


「バケモノの子に寄生された疑いのまま、入国。これだけで貴方がたの命の保証はないというのに、わざわざこちらが排出、保護まで面倒みようというのです」


 術式が一斉にインストールされる。


「文句がございましたら、命を落とした際にお申し付け下さい」


 ま、誰一人死なせませんが、と四耳二角の女。


 何拍か空いて全員のインストールが完了する。


 途端


「gyagyagyagya──!!!!」


 乱杭歯が飛び出し、節くれ経った六足に点々と斑点がブチまけられた体表。


 目に相当する部分から長い糸が垂れて先端に瘤がある芋虫のような魔獣が排出される。


「すぐに済みます」


 控えていた二人の白星がパニックになる集団に先んじて、槍を展開。


 挟み込むような二陣の疾風。


 目にも止まらぬ速度で、飛び出て来た魔獣を地面に落ちる前に全て一撃の元で串刺しにしていった。


「ま、とりあえず、こちらはこれで宜しいですね」


 待機所ではその手際と異様さに圧倒され、三禍憑みかづきと呼ばれたバケモノ以外は言葉を失っていた。


 だがしかし、彼女が言った通りに誰一人として死んではいなかったどころか、傷一つ負ってなかった。


「さて、皆様。身体に異常が無いか、検査を受けてもらえますか?」


 我が子とも言える魔獣に嫌悪感を隠さない視線で一瞥し、舌打ちをして、彼女は事務的かつ無愛想にこの後の導線を引くのであった。


 ***


「では、こちらも粛々と参りましょう」


 地上。


 各国の使節が使用していた馬や竜、その他生物系の乗用物を収容した厩舎きゅうしゃでも、同様に三人の白星ハクセイが指示役を受け持っていた。


「皆様、これが正式な初陣というのは不満でしょうけれど、少々我慢を願います」


 後ろに控えているのは、炎成エンセイが『飛行都市戦艦プロジェクト』に備えて開発していた最新鋭『よろい』、『荒狗コウク』達が配置されていた。


 二メートル程の高さにひし型のバイザー。その下からモノアイが光る。


 本来ならば正式配備にもう五、六年を想定されていた『荒狗コウク』であったが、赫鴉カクア達の計画の前倒しによって先行量産型が一部エース部隊に配備されたのだった。


「それでは、遠慮なく簡単にブリーフィングと参ります」


 彼女は即席で作った寄生魔獣の画像と、その解説を入れたスライドを各員の知覚素子に流す。


「今回の標的はこちらの魔獣。私手製の術式で感知と排出がなされます。生体に寄生するようで、この場の生物系にも疑いがかかってます」


 彼女は投影端末を多数射出すると、厩舎きゅうしゃ全体を包み込んだ。


「私の遺伝子に反応して拒絶する結界を張りました。逃すことはありませんが、ここで仕留める必要がありますね」


 さて、と獣の母たる女三人は控える『荒狗コウク』達を見据える。


「私と魔獣との血が繋がってるといって、気の引ける者はいらっしゃいますか? いたら、何も咎めません。私がその分を埋め合わせましょう」


 彼女達は金の槍を展開する。


 漏れる金の粒子は淡く脈動していた。


「遠慮は要りません。もう私達は手にかけてますので。皆様が必要なのはこの場で数が必要だからです」


 私の血族でないなら問題なく出られます、と金髪。


 薄緑の量産『鎧』達は知覚素子で見合わせる。


『あー、白星おひいさん?』


「どうなさいました?」


『その口紅はどこのブランドかな?』


「さあ? すぐ近所の薬屋ドラッグストアで赤系を買ったまでです」


『じゃあ、なんでこんなクソ忙しい時に?』


「たまたま切らしていましたので。すっぴんを皆様に見せられるほど気安い仲ではないでしょう?」


『違いない。にしても、いつもより色白だな。ファンデはどれを?』


「少し趣向を変えまして。血の気がなさ過ぎになるのが欠点ですね」


『そうかい。じゃ、次までに変えとくといい』


「そうします。では、無駄話もここまでで。全く、皆様よくお喋りになりますね」


『そりゃ、こんな美人と話せるんだ。アガるモンだろう?』


「あら、お上手なこと。ナンパの成果もいいことでしょうに」


『ああ、ついでに仕事も出来んだぜっ!』


 と、カウントがゼロになった。


 音。


 破裂音だ。


 発生源は話している間に配置に付いた『荒狗コウク』達から。


 寄生魔獣が飛び出た瞬間に手刀が炸裂。


 鮮やかな切れ味をもって各員が持ち場にて四〜五体を斬り捨て、音の超える破裂が各所に響く。


「パニックはお任せを」


 異変に敏感な獣達は白星達が請け負っていた。


 否、『圧倒していた』と言った方がいいか。


『おー、コワ』


「これでもバケモノですので」


 各機体達も感知するけいの波形。


 それは微弱な勁力放出に乗せた威嚇だった。


 敏感な感覚器を持つ獣達が見たイメージは『絶対的捕食者』。


 見えた途端、下手に動けば寄生魔獣より恐ろしい目に遭うのを理解わからされたからだ。


「さて、皆様気を抜かずに。魔獣の後始末と参りましょう」


 ***


「さて、感知兼排出術式の国外利用について伝えたいことが」


「武侠……、という肩書きの割にいささか生臭いな」


 赫鴉カクアは一通りの指揮が済んでのを確認した後に、医務室で待機中の視察団代表と面会していた。


 代表はこんな各国要人の非常時であっても、下心を隠さない彼に侮蔑の視線を隠さない。


「武侠とて人でしょう? それが国の一部を預かってる身ならばなおさら」


 その視線を受ける大男は、その体躯でそれを難なく受け止めている。


 顔には不敵で爛々らんらんとした光がともり、その生命力を以って食い千切らんとしているようだった。


「したたか、と評価してやろう」


「有り難いことです。貴国の民の命を保証します」


 なんて、と赤髪は舌を出してはおどける。


 視察団代表はやれやれと眉間に指を当てるが、


「言ったからには行動で示してもらおう。だが口約束とて反故にするのであれば、私の権限全てを以って貴国を潰してやる」


「どうぞ、その方がやり甲斐があります。では使用権の範囲から。あと、ビサニティをる際の横槍について」


 一部とはいえ、国のまつりごとを預かる者達の鎬の削りあいが始まった。

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