第12話 月に女が肴だとさ

 緑と桜が舞う。


 棍と鉄傘が打ち合う。


 それぞれの振りと競り合いの衝撃波で地層があらわになる。


 棍が振るわれれば地がめくれ、鉄傘が舞えば大気に波が走った。


 両者の足元は接する部分が赤熱し、溶けている。


 それが点々。


 間合いを詰める、取る。の動作で増えていく。


『まだまだギア上げれる?』


『上げて欲しいのか?』


 エンルマの棍の逆袈裟。


 オウカはそれを開いた傘で弾き落とす。


 弾かれた棍の振りを利用して、逆の先端を上から落とす。


 彼は鉄傘から手を離して、距離を取って回避した。


『じゃあ、僕が上げよう』


 傘が手元を地面につけて、火花を散らして回転し始めた。


 傘の露先から勁の粒子が溢れ、円を描いて舞う。


 切断力を持ったそれは素早い連撃をもって、エンルマに迫る。


『ふん、小手先じゃの』


 彼女は回転する鉄傘を突きで押し出す。


『二人分でも?』


 背後に回った彼の右貫手みぎぬきてを、見ずにカチ上げた先端で受け止める。


 もう片方が迫るが、受け止めさせた方で巻き込むように防御。


 オウカは逆らわずに身を回転させて、その勢いで跳んで脱出。


 エンルマは彼を正面。背に鉄傘を置いて向き直す。


 彼女は軽く踏み込んでの突き。


 食らう方はウィービングで右に寸前回避。その方向から貫手。


 同時に背に傘が迫る。


 気配を頼りにそれを先端で弾いては反動で彼を突く。


『そっちこそ小手先じゃないか』


『油断してないと言ってもらいたい』


 エンルマは自身の力のみの攻撃と、彼と鉄傘を弾く反動の攻撃とで手数を増やしていた。


 当然見抜いたオウカは二つをズラすが、


『甘いの』


 突き主体の狭い攻撃から、薙ぎへ切り替え。


 巻き込むように、ズレたタイミングをカバーするように、時には体を一回転させて当てていく。


 穿つ砕音と払いの衝撃波を舞わせ、天上の雲を散らしていく。


『ははん、この程度はお遊びって訳だ』


 対する桜の『よろい』はかわしながら、貫手ぬきてを重ねていく。


 左右に加えて、その間隙を傘で埋める。


 一撃一撃は音速をゆうに超えていた。


『チッ……!』


 それは緑の『よろい』も同じだ。


 けれど、繰り出してる手数は両手の二と鉄傘の一で桜が勝っていた。


 エンルマは回転数こそ上げているが、あくまで対応で弾いている。


 要はカウンターで攻めているのだ。


(単純にコヤツが速いか……!)


 鉄傘を遠隔操作して意識が分散しているはずであるのに、その無手むてには淀みがなかった。


 他方、傘もイヤらしいタイミングで仕掛けてくる。


(巻き込めてはいるが、主導権はアチラか。……ならば!)


『お?』


 棍と手と傘の衝突に緑の燐光が加わる。


 ぶつかる度に光る。のちに破裂音。


『なるほど。勁の反応炸裂か』


『キサマにも出来るじゃろうて』


『無手じゃ少し辛いからね』


 背後にした鉄傘が爆発で大きく離される。


 エンルマはその隙に畳み掛ける。


 が、


『うーん、響くね』


 桜色の燐光。


 開手のさばきは棍の連撃を受けては、連続で破裂させてソレを大きく跳ねさせた。


『くっ……!』


『そら、気を抜くとオジャンだぜ?』


 空いた距離の分を助走として、大地を砕いて跳んだトップアタックを仕掛ける鉄傘。


 弾かれて体が開いたエンルマに直撃する。


『ほら、隙あり』


 桜の貫手ぬきてが緑の胸を穿つ。


 単なる打撃だけでなく、指先に集中させた勁を破裂させて破壊力を増大させた。


『お?』


『泥臭くやらしてもらうぞ』


 棍が硬さを失い、縄となる。


 あえて受けた貫手ぬきてに縄をかけ、拘束する。


 背に手元の攻撃を受けながら、なお強く縄を結ぶ。


 縛った縄を短くし、背負い投げた。


 彼女は投げる動作で背の傘を彼にぶつけて、回転の攻撃から脱出した。


 頭から落とす。


 地面にひびが大きく入り、衝撃波。


 大気を裂いた。


 遅れて大音が鳴り、地平の彼方まで届く。


『まだじゃぞ!』


 今度は縄を徐々に伸ばしていって、体全体を使い回転。


 音を数十倍超える速度のまま、跳躍し方向を縦に。


 再び地面に叩きつける。


 衝突地点から大小様々に地割れが刻まれた。


『ったく、さっさと死なんか』


 エンルマは毒づいて数語漏らすが、それに反して地割れから桜が起き上がる。


『ふぅん……、いやいや、中々どうして。楽しませてくれるね』


 そう呟くと、彼は鉄傘を手に戻す。


『んじゃ、ま! そろそろ終わらせようか!』


 爆発的と言うべき踏み込みで緑の『よろい』に迫る。


『ッ!』


 仕掛けられる側もただ黙っている訳ではなかった。


 縄をしならせ、右へ左へ、上下へと揺さぶっては消耗させようとする。


『ははっ! 遅い遅い!』


 けれど、オウカは跳躍と勁力放出の推進力を駆使して一度も姿勢を崩さず接近。


 遂に間近に迫った。


『さあ、次は何を魅せてくれるのかな?』


『これでも食らってろ!』


 エンルマはすかさず、縄を棍へと組み直す。


 棍と鉄傘が再びカチあった。


 大気に白の波を、地に跡をつけながら何百合と打ち合う。


 一時の鍔迫つばぜり合い。


 それぞれの得物が交差する地点がヂヂッと赤熱する。


 互いに弾いて距離を取った。


 否。


 緑の『よろい』が膝をついた。


『胸が響くかい?』


 その隙を桜色は見逃さなかった。


 石突による刺突。


 叩きつけられた先端は首をもぐ程の勢いで兜を吹き飛ばした。


『それとも僕への憎しみが追いつかない?』


 軽量級特有の速度と機動性で吹き飛んだ後方に回り込み、乱打。


 金属の快音が連続する。


『はたまた、不甲斐ない自分への怒りかい?』


 最下段からの打ち上げ。


 からの、最頂点に追いついて叩きつけが決まる。


 防御に使われた棍が、辛うじて死を防いでいた。


『……じゃ』


『ん?』


『全部に決まっておろうじゃ!』


 二つの『よろい』の着地により、大きくえぐれ、めくれ上がった地表の中心で彼女が吠えた。


 距離を取ったオウカは回してから、鉄傘をさす。


『へぇ! しぶといもんだね!』


『お生憎様、伊達に長生きはしとらんモンでな……!』


 棍を杖代わりに立つエンルマは『よろい』のあちこちが破損していた。


 その部分から勁の粒子が漏れ出て、その緑は葉が散る大樹を思わせた。


『クライマックス、ってとこかい?』


 ああ、と同意が作られた。


『オヌシを殺してハッピーエンドじゃ』


 緑の光輝が放たれる。


 めくれた地が更にめくれ上がり、地層ごと浮かび上がった。


 対する桜も光輝を放ち、周囲の地形を変えていった。


『来な』


『応とも』


 緑の棍は脈動のように揺らぎを見せ、高まる勁力けいりょくを集中させていく。


『『打樹棍法だじゅこんほう』が最終奥義……!』


 練りに練られた緑の力が、一層の輝きを放った。


 相対する桜も纏う花びらが光を放つ。


『『天世樹穿てんぜじゅせん』!!!!』


 樹齢何万年の大樹の如き、太く命に満ちた一撃がオウカに直撃した。


 その地点の天上に、何十キロもの光柱をブチ上げ、必殺の一撃を物語る。


『……終わったかの』


 残心。


 構えを解かないが、解くほどの気力も使い果たした緑の『よろい』から排熱の蒸気が吐き出された。


 辺りは赤熱し、煙を上げコゲ臭く、早くに冷却された箇所はガラス化していた。


 最早常世の地獄とも形容出来る戦闘の余波の中、生きているのは彼女だけだろうか。


『お見事』


 否、彼がいた。


勁力けいりょくの集中。からの放出。拡散しやすい勁をここまで纏めるとはね』


 鉄傘をさし、散歩といった風情の桜色。


 荒れた地において、舗装された道と変わらない足取りの桜は軽く排熱するのみで、それこそある意味異質であった。


『やはり、神仙のたぐいはロクなヤツがおらんな』


『そう言うなよ。これでも頼まれ仕事なんだぜ?』


『誰か言えるか?』


『言ったら呪うだろう?』


『まあの』


 神仙と呼ばれたオウカは悠々と歩いて、エンルマに一礼。


 彼女は不満気に一息ついて、ようやく構えを解いた。


 一閃。


 緑の『よろい』が縦に裂けた。


 ***


「どうなさいましたか?」


「ん? 晩酌」


 『東方不敗とうほうふはい甲板かんぱんにて赫鴉カクア白星ハクセイ


 彼が座って、彼女が探しに来た形だ。


「ビサニティで謎の爆発や光柱。皆様てんてこ舞いで対応中ですけれど?」


「オレんトコくるまで時間はかかるだろ。それまで休憩だ」


「確かに出航準備で連日連夜輸送手続きでしたね」


 横に立つ白星ハクセイ


 赫鴉カクアは光柱が立っていた方角を見ていた。


黒狼コクロウは二番艦『西天常勝せいてんじょうしょう』の献上と外征の段取りで一旦中央戻りだしな。それまでにコイツ仕上げなきゃいけねえし、その為の休憩だっつうの」


 酒瓶を傾け、盃に中身が満ちる。


 液面に月が映り、光が朧げに揺れた。


「……はあ」


 息をついて、妻が夫の隣りに座った。


「忙しいんじゃねえの?」


「一番手のかかることが最優先ですので」


 そう言うと彼女は、酒瓶を取り上げた。


手酌てじゃくでは寂しいでしょう?」


 そう収まった瓶の口からは、術式の残滓がこぼれていた。


「生体リンク術式……。どなたでしょうね、こんな面倒な栓をしたのは」


「さあな。でも久々に飲めたのはラッキーだったな」


さかなはいかがしますか?」


「女に月ならいくらでも飲めんだろ」


「まあ、苦手なクセに、気丈ですこと」


 うっせい、と兄弟子が飲み、はいはい、と妹弟子が空いたさかずきに酌をした。

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