第10話 激しく無茶をする三人

 長城砦ちょうじょうとりでより外側。


 未だ巨槌きょついの爪痕残る断層の森林を赤、黒、金が時に断崖だんがいを跳び、時に直角の斜面を駆けながら征く。


 幼な子の探検のように、軽功で踏破していく。


「はあ」


「どうした? 息があがったか?」


「継承一位も存外、大したことがないですね」


「ケダモノ共と一緒にしないでもらおう」


 青筋を立てる黒髪。


 黒狼コクロウだ。


「俺がお前らについていく理由を考えてた」


「んだよ、納得はしてんだろ?」


 赤髪は赫鴉カクア


 その美丈夫は、軽いが通る声で再確認をする。


 先頭を行く彼は後続の二人が通りやすいように、足場にけいを通して固めたり、マテリアルを抽出生成して足場の整備している。


「ここに来て思案とは、ヒマなのですね」


 四耳二角の金髪は白星ハクセイだ。


 最後尾を務める彼女は、万が一に備えての警戒を担当していた。


「病み上がりは大人しく寝てろ」


「病み上がり程度でもこなせる仕事と聞いてやって来たんです」


「いやいや、寝てても良かったんだぜ?」


 その夫は明るいながらも、眉尻を下げた声で妻を心配する。


 先頭でペースメーカーを務めるのも、その表れだろうか。


「エンルマ師父しふからの宿題を放っておけるほど、肝は太くないので」


「不調押してまで出場すんのは、あの人も望んではねえと思うなあ」


「不調であっても『この程度は出来る』と示したいのです」


「『この程度』、な……」


 三人は切り立つ崖を走りながら登る。


 そして、登りきって頂上を見た。


「うっし、この辺でいいだろ」


「本当に俺の名義でいいのか?」


「継承一位だからこそ、仕方ないですが、いいのです」


 赫鴉カクアが巨槌、黒狼コクロウが短剣、白星ハクセイが金槍を展開する。


「『俺』だと大義名分にチョイと足りねえからな。『外征のついで』、っつう名義だと周りも黙らせやすい」


「使ってやるとは言ったがな。早々『これ』とは。中々どうして、お前らも厚かましい」


「嫌なら私と赫鴉カクア様だけでやれるので、シッポ撒いてケツまくるのも手ですよ」


 馬鹿言え、と短剣を正面に構える黒髪。


「デカいオモチャが手に入るんだ。逃す手はないだろうが……!」


 全く、と地に穂先を突き立てる金髪。


「美麗夫婦の共同作業に立ち合わせてあげてるんですから、もう少し遠慮したらどうですか?」


 カカッ、と大上段に巨槌を掲げる赤髪。


「いいじゃねえか! ギャラリーはいてナンボ! それが次期皇帝サマってんだから、アガるモンだろうが!」


 巨槌きょついが砕けた大地を再び殴り倒す。


***


 それは天地の鳴動であった。


 天は大気を押し退け、圧縮の猛流で雷雲の渓谷を形成する。


 地は土石が轟き蠢き、質量の対流で激震の多重を奏上する。


 それぞれが撹拌され、稲光りと地響きが絶え間なく咆哮し、二つの境が曖昧になった。


 先の戦いでの爪痕全てを無理矢理混ぜて、無くすような強引さをもって、空気と土を混ぜっ返していく。


 徐々に、しかし迅速に混ざり、地殻すらも巻き上げてその下にある龍脈をあらわにする。


 蒼白い奔流ほんりゅうが噴き出し、天空にまで湧き上がる星由来の超莫大量ちょうばくだいりょうマテリアルとけい


 その大雲霞だいうんかの中で、巨大な影が朧げながら浮かび上がる。


 大気と龍脈のマテリアルとけいが混じり合い、その雷鳴と震動の中で、揺らぎを減らしながら、泥と空気を押し退けて刻々と顕現する。


 九つの太く長い竜骨が形成され、ソレらを大動脈として支脈が形成。


 周囲の超量の二種が供給され操作され、着々と組み上がっていく。


 竜骨からせり上がっていく肋材。


 隣り合う竜骨がある場合には染み出る支脈が絡みつき補強され、交差し固定される。


 瀑布を乗りこなす底部が完成。そこから更にマテリアルとけいの流れが湧き上がる。


 中心となる巨大な柱が何十本も生成され、そこからも脈が流れ出た。


 暴乱の渓谷からのぞくは、脈から広がる『生きた金属』である。


 『よろい』の主原料である生体金属がマテリアルに仕込まれた術式と、吹き込まれる勁力によって花開く。


 一番外側が厚みをもって組み上がっていく。


 厚みから吸い上げた材料をその内側へ、竜骨から生える柱と肋材に向けて、開いて結びついた。


 外部が出来れば、内部も組み上がっていく。


 底部と外側から供給されるリソースから、仕込みの術式と勁力操作により、内部に滞留していたリソースも余さず使われ完成する。


 外装、内装が出来れば、外壁に色がついた。


 黒を基調に赤と金の線。


 ぐるりと彩られた三色が淡く発光して、排熱の粒子を吐いた。


 ***


「聞けや響けや三千世界!」


 赫鴉カクアが拡声術式を通して周辺諸国に呼び掛ける。


 マテリアルとけいの呼び水と供給を担当していた彼は、超巨大飛行都市戦艦の中心に立ち得物を介して声を響かせた。


「我らが征くは世界の全て!」


 黒狼コクロウが全長百、幅七十、高さ五キロメートルを越すふねの知覚素子に繋いで、注視している国内外の勢力を睨みつける。


 成形の状況把握と報告を担っていた彼にとっては造作もないことだった。


「まず、手始めに陽に唾吐く獣を討ち取ろう!」


 白星ハクセイは成形と並行していた龍脈内蔵炉の暖気運転で、発生した余剰を仮想砲塔に集めた。


 術式制御に長けた彼女がそれを操り、仮想砲塔が向く方角はビサニティだ。


其名そなをここに! 我が刻むは『東方不敗とうほうふはい』!」


 次期皇帝が直々に名付たのは、艦の仕込み人の通り名と同じ響きだった。


祝砲しゅくほうをここに! コレが挑戦の証なり!」


 砲身に集まる熱量が陽炎かげろうを映す。


 粒子状に可視化されたそれは放たれる瞬間を今か今かと待ち望んでいる。


穿うがちをここに! 獣の正気を打ち砕け!」


 十分に集まった熱が、その国の天へ向けられる。


「「「テェ────!!!!!!!!」」」


 三重の号令の下、熱気の砲が撃ち放たれた。


 ***


「カ──カカカッ! 忙しくなんぜえ!」


 赫鴉カクアは整えられた甲板を駆けながら、盛大に笑う。


「お前はなに笑ってんだ……⁉︎」


 黒狼コクロウは青筋を立てながら、並走していた。


「十年モノの計画を前倒ししてるのですから、関係各所のてんやわんやが愉快なのでしょう」


 並んで投影端末を表示している白星ハクセイは『東方不敗とうほうふはい』成形時点で、大量に送られてくる術式文書をさばいていた。


「そもそも世界征服に乗っかって、コレに賛同した時点でお分かりでしょうに」


「だからって大笑いする奴がいるか……!」


 まあまあ、と獣耳と龍角の女が次期皇帝に二律空間に保管していた茶瓶を差し出す。


「……はぁ」


 彼は一息ついてから、一口飲んで返す。


「で? こいつは今回の外征で使っていいんだな?」


「おう! 試運転兼ねてだ! まずはお隣サン、ぶっ飛ばして様子見だな!」


示威じい行為、と言えば、小うるさい連中も多少は黙ります。ま、失敗しても継承一位になすりつけることが出来るので、コチラとしては気楽ですね」


「……存分に使い倒してやるから、覚えてろ」

 

 長城砦ちょうじょうとりでに近づくと、一層に赫鴉カクアが高らかに笑う。


「さぁて! 何もかもが動いていくぜえ!」


 世界征服を謳った武侠が飛び降りる。


 続いて彼の妻と共犯の皇族。


 自由落下に任せて、地上へ迫る。


「何もかもを切って張って、為してやるぜ! 世界征服ゥ──!」

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