第7話 それで1話冒頭に繋がる訳ですよ

 ひたすらのワンサイドゲームであった。


 戦場とすら呼べない、射撃と砲撃の制圧であった。


 ただ向かってくる獣に金属を撃ち込むだけであった。


『今日のお相手さんも、相当腹が減ってるらしい』


『でも、人と獣で口が二つあるのに、一発食ったらもういっぱいとか、相変わらずナヨいな』


『おい、お前はいつも限界までおかわりすんだろ。比べんな』


 量産『よろい』に身を包んだ炎成エンセイの兵士は術式通信でやり取りしながら、知覚素子に映るビサニティの魔獣へ機体で生成した弾丸、砲弾を叩きつけている。


『そういえば、白星おひいさん、久々の発作だったな。やっぱ、何かあると見た方がいいか』


『だな、ゼッテー近づかせんなよ』


鴉坊あぼうが来る前に終わらせてやろうぜ!』


 『よろい』の軍勢は一層に鉄風の密度を上げていく。


 ***


 長城砦ちょうじょうとりで戦闘指揮所。


 戦場から数十キロ離れた砦で専用にチューンされた端末にて『鎧』、観測手等問わず送られてくる情報をオペレーター達が処理している。


「知覚素子リンク、正常に機能」


「火器管制システムの平均稼働率、一五〇パーセントで推移」


「目標生体反応ロスト数、二四八九を確認」


 その指揮所内で黒狼コクロウは戦場を『俯瞰』していた。


 彼は生体埋め込み式専用『鎧』を頭部のみ展開し、指揮所端末に有線接続。


 彼が知覚する情報を最適化し、送信。


 各種システムの向上を行った上で、指揮を執っていた。


『ビサニティからの声明は?』


「今のところ確認されず」


『了解した。引き続き警戒。何かあれば随時報告を』


 陽動、なのか? と、彼は戦場と送られてくる情報を知覚しつつ思索する。


 戦場から読み取れる複数の魔獣と、今なお長城砦ちょうじょうとりでから発せられる身を削ぐ気配。


 気づいている炎成エンセイ側の兵員もいるはずであるのに、ほとんどが取り乱さず今の状況に対処している。


(こっちの兵は説得に手間取ったというのにな)


 現在進行形のおぞましい気配に関しては、炎成エンセイで実際に何かあれば中央側で対処。


 加えて今回の防衛指揮を黒狼コクロウが執る、という条件で落とし所としたのだ。


(ここまで譲歩するのは、炎成エンセイ──というより赫鴉カクアに余程自信があるということか)

 

 禍々しい気配を引き続き警戒しながら、改めて戦場に知覚を巡らせる。


(数は三千超過。報告にあった通り人魔合一。見た様子から、降伏ないし亡命希望の者は無し)


 と、見える景色の中に一つ異質な物を見つける。


「中央前列へ、妙なコンテナを確認した。警戒しておけ」


『中央前列、了解。コンテナを確認。魔獣にひかれている。指示を求む』


「魔獣は撃て。コンテナは停めておけ」


『了解』


 ***


『了解したはいいけど、どうすんだこれ?』


『下手に触んなよ。観測班! なんか分かるか?』


 趨勢がほぼ決まり行く戦場で『鎧』を纏った兵達が、遠目から流れ弾で穴だらけになったコンテナを捕捉する。


『赤外線探知……、異常無し。電磁波類……、異常無し。けい、マテリアル状態……、平常。音響探査……、内部に物体あり。サイズは……、大分小さいな。穴からのぞけるか?』


『この距離と角度からじゃ分からん。コンテナ内の割合はどうなってる?』


『コンテナ縦1.8、横2.5、幅2メートル。ブツの割合は1メートル四方。油断するな』


 指揮所からの割り込み。黒狼がコンテナの隙間から取得した知覚だ。


 ブツン、と一方的に通信が切れる。


 兵達は一瞬顔を見合わせるが、途端に通信帯に笑い声が響き合う。


『中々どうして。皇太子様もサービス精神旺盛なこった』


『やんなるなー。アレじゃあ、コッチの商売上がったりだ』


『テメーら、観測班より鋭いとは。『魔識皇剣ましきこうけん』の通り名は伊達じゃないな』


 そんな軽口とは裏腹に慎重な足運びでコンテナに近づく。


 知覚素子の感度は限界まで上がっていた。


 兵には油断がなかった。


『目標、接触まで30メートル』


 鉄火が収まりつつある戦場においても、彼らはジリジリとしか進まなかった。


『目標、接触まで20メートル』


 果断な熟練の行軍。そこに焦りはなかった。


『目標、接触まで10メートル』


 故に、


 グザリ


 と背後と同じ身を削ぐ気配を感じ、


『退避────!!!!』


 即座の回避を選べた。


 ***


『ッ⁉︎』


 最後尾の『鎧』がほんの一瞬遅れ、金属製の触手が腕に絡みついた。


 退こうとしたバックステップの慣性が働くが、そのシングルアクションのみで、『鎧』内部が暗くなる。


 一閃


『助かった!』


『まだ気を抜くな!』


 二つの僚機の内、一つが触手に掴まれていない部分から下を刃で斬り落とし、もう一つが背後から羽交締めで無理矢理距離を取らせた。


『何があった⁉︎』


『吸われた! データリンク……! よし!』


 非常用リソースで再起動した測量機能で、眼前で収まっていたコンテナより膨れ上がった流動する鉄塊をモニターする。


『周囲勁力けいりょく、マテリアルが急速に減少! ……ッ! 次、来るぞ!』


 醜い悪食あくじきの鉄塊は増えた質量に従って、無差別に触手を伸ばす。


 渦中の『よろい』は全機、全砲門を以って引き撃ち。


 異常を察知した友軍からの支援砲撃も届くが、全てを撃ち落とせない。


 三機に迫る光沢のある金属製の触手。


 仕手全員が現在取得している情報・状態を指揮所サーバーにアップロードする。


『どうだ?』


『返信アリ、『応援が向かってる』ってよ』


『有り難え。んじゃ、ちょっとでも削っときますか!』


 片腕を斬り落とされた『鎧』が少し下がり、砲門を全開門。ケースレスの弾丸・砲弾を吐き出す。


 一方、残った二機は火器を自動迎撃状態に設定。


 両手に勁力けいりょくをフル発振させた二刀併せて四刀を構え、迫る触手群を斬り落としていく。


『コイツ、腹が空いてんのか⁉︎』


 少し後方で援護射撃をしつつも、観測している『鎧』が鉄塊の行動パターンを推察。


 明らかに触手群が大容量の勁力を発振している二機に向かっているのだ。


『そいつぁ、重畳ちょうじょう! オメーはさっさとケツまくれよ!』


『うるせー! 腕の借りが返せてねえよ!』


『だったら、今度オペの女紹介してくれ』


 刀を振るう二機は発振する勁力を操作して、片方を高出力、もう片方を低出力で触手群の動きを誘導しながら刈り取る。


 高出力を餌に、低出力でなるべく多くを斬り落とす。


 そうして斬り落とされた触手は瞬時に干からびて粉になる。


 舞う粉は不健康な白濁色で『鎧』を汚していった。


***


 しばし斬るのを数十合。


『やれやれ、中々どうして。やっこさん、シブてえな』


『二機と片腕でようやく足止め。獣? にしちゃあヤる方じゃねえか』


『違えねえ。ところでオペの女はどうする?』


『俺のナニのサイズを教えといてくれ』


『あいよ。そっちにはなるべく遅くいく』


 援護射撃をしていた『鎧』が一気に離脱。


 二刀を振ってる二機も刀に流している勁力けいりょくを落として、機体に籠らせる。


『コイツの粉に塗れて、最期にゃ野郎と花火。今日はツイてねえなあ』


『付き合わされる俺の身にもなってくれ。せめて酌されながら見たかったってーの』


『そうだな。俺の権限で休暇を取ってやろう』


 二機の『よろい』に上位権限による強制自爆停止信号と通信が割り込んだ。


 そうして、一陣の地を割る黒い烈風。


 二機の『よろい』が全力で踏ん張って、ようやく立っていられる程の衝撃波が戦場を貫いた。


 その余波で鉄塊が面白いほど転がる。


『全く、腕を斬られてなお、意気軒昂いきけんこうとは。どういう神経だ?』


『……その程度で泣いてちゃあ、鴉坊あぼう白星おひいさんに舐められまさあ』


『忠道結構。だが、もう少し自身を労ってやれ』


 黒の狼貌ろうぼうの『よろい』。


 黒狼だ。


『応援と聞いてましたが、まさか皇太子殿下直々とは』


『俺が一番早く駆けつけられたからな。それに、こいつには色々聞きたいことがある』


 軽量級の黒い『鎧』は上腕部のハードポイントから短剣を一振り抜く。


 美しい刃文は豊かな毛並みを思わせた。


 同時に、発振状態でないのに、勁力による黒い粒子が辺りに散る。


『さっさと退け。それで機体を解析に回せ』


『了解。ご武運を』


 二機の『鎧』が全速を以ってその場から離脱した。


 黒狼コクロウは機体の知覚素子で、それを見届けるとようやく復帰した鉄塊と対峙する。


 よりいびつに膨れたそれは身震いすると、一斉に触手を眼前の黒い『よろい』に伸ばす。


 だが、


『遅い』


 対峙していた黒狼は既に鉄塊を背に置いていた。


 遅れて触手が斬り飛ばされる。


 更に遅れて、特大の破裂音が鳴り響いた。


(無駄に面と厚さがあるのが厄介だな)


 振り返り、改めて構え直す黒狼。


 短剣を勁力けいりょく生成で伸ばすが、致命を与える為の核に届く前でけいを吸われて殺し切れなかったのだ。


(そして、長引かせるのも不味いな)


 鉄塊が裂傷を膨らんで埋める。加えて更に大きくなり、比例して鉄塊自体も熱を帯び始める。


 陽炎が揺蕩い、土が焼ける重い臭いが漂う。


(さっきの攻撃とその前の量産『鎧』共から吸収した勁力。そして今なお大気のマテリアルを吸い上げている悪食……! こいつを作った奴は相当に性格が悪いな)


 さて、これまで吸収した勁力とマテリアル総量は成人男性何兆人分の熱量カロリーかな、と黒狼は『鎧』の下で苦々しい顔を作る。


 念の為、位置調整と『これで死ぬか?』という儚い願いを兼ねたもう数千太刀を叩き込んで、黒狼は長城砦ちょうじょうとりでを背にする。


『やっぱりデカくなるか……』


 嘆息。


 目の前の鉄塊は、より膨れて熱量を増している。


(点や線じゃあ、イタズラにリソースを与えるだな……!)


 彼は自身の得物から抜けた勁力と、その分膨れ上がった鉄塊から、現在溜まっている熱量を計算する。


(そもそも単純に俺の戦闘スタイルと相性が悪い)


 迫り来る触手群を片手間に斬り落としながら、彼我のステータスを分析する。


(触手や本体による勁とマテリアルの吸収。加えて元々か後付けかは分からんが、マテリアルで構築した熱量増幅術式に勁を流して、おそらく一定値に達しての自爆。やはり、こいつの製作者は性格が底なしに悪い!)


 その場に釘付けにする意図で、鉄塊の周囲を斬り刻みながら毒づく黒狼。


『撤退状況はどうなっている!』


『六十パーセントまで完了! あと数十分稼げますか⁉︎』


『稼いでやるに決まってるだろ! さっさとしろ!』


 了解! と返って来たところで、本音は苦しいということを思う。


(格好つけて指揮を執って、挙句被害甚大……)


 油断はなく諦観のみが思考の片隅にあった。


(『若造がはやっていたずらに被害をもたらした』のそしりは免れんな)


 自嘲と同時の行先の予想。


 明るさはなかった。


(やれやれ、外征で箔をつけようとした矢先にこれか)


 目の前の敵からの苦痛はないが、その後に湧く問題に頭を痛めた。


(ま、爆風程度で死にはしないが、引き剥がす悪あがきくらいはさせてもらおう)


 黒狼コクロウは刃を腰だめに構えて、突撃の姿勢を取る。


『月並みだが、死にさら──』


『跳べよ。巻き込んじまうぜ?』


 通信と知覚にあかの『よろい』。


 黒狼コクロウは大きくバク転し、遥か後方から飛来するそれを回避。


 赫鴉カクア巨槌きょついが醜く膨れ上がった鉄塊を打ち抜いた。

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