第6話 『十方不敗』は『東方不敗』と同じ読みだよ

 外征前日。


 中央、炎成エンセイ問わず各員の装備点検の最終段階が終わり、予備日として当てられていた日が一時の休暇となっていた。


「何をしている?」


「ん? 見学。オメエは?」


 不審がる黒狼コクロウと呑気そうな赫鴉カクア


 皇太子と邑長ゆうちょう次男が長城砦の格納庫キャットウォークにて、たむろしていた。


「俺は散策だ」


「暇なのな」


「お前もこんな所で油売ってるほど暇なのか?」


「んー? マー、実際? コッチの兵の名義は親父のだし」


 中央の『よろい』も見たかったしな、と赫鴉カクア


 横に並ぶ黒狼コクロウは呆れながらも、


「実際に戦っただろう」


「目の前と俯瞰すんのは違えぜ?」


「屁理屈を」


 二人の眼下には戦闘用装備と最終チェックを終えた両軍の『よろい』がズラリと並んでいる。


 あとは仕手が乗り込めば始動する段階だ。


「キツいだろうに。よくもまあ、時代遅れの骨董品で勝ったものだ」


「実際キツかったぜ? 革の締め付けの方が何千倍も気持ちイイな」


「お前らのプレイ事情は聞いていない……!」


 カカッ、と赫鴉カクアは首元をのぞかせて、皮膚下の毛細血管を操作して跡を再現してみせる。


 黒狼コクロウはゲンナリして半目になるが、すぐ下の方へ目をやる。


「ロートルでも十二分に勝てる戦に、最新鋭をも投入。至れり尽くせりで少々情け無いな」


「負けて無様晒すよかいいだろ?」


「分かりやすい勝ち方をしないと、周りがうるさい」


 彼は腕を組んで、渋面を作る。


 それを見た次男は品のない弓なりを作った。


「気楽に殴り合い出来る関係じゃないのが残念だ」


「お高いところに止まるのも考えものだな」


 黒髪の渋面が一層深くなった。


「で? 話題変えてやっけど、外征の大義名分、『周辺諸国を脅かす勢力に対する調査である』だけどよ? オメエはどう思うよ? お隣さん──ビサニティへの外征に関しちゃあ」


「『いつも周辺諸国に分かりやすい圧力をかけているならずもの国家への掣肘せいちゅう』と、言いたいところなんだがな」


「流石に中央にも伝わってるか」


「律儀な辺境邑へんきょうゆうのお陰でな」


 と、黒狼コクロウは一つの投影端末を表示し、赫鴉カクアに投げる。


「この五年の周辺諸国からの獣害報告。特にビサニティ固有種による被害は異様の一言に尽きる」


「単純な数もだけど、脅威度で言えば竜種を遥かに上回る魔獣にビサニティ穏健・タカ派問わずの有力人族が文字通り『縫い付け』られて襲撃している。実際ウチにも何件も来ちゃいるが、ありゃ、襲撃よりみせしめつった方が正しいかもな」


 内か外のどっちかに向けては分からんが、と赤髪。


「そして、その襲撃の仕方も不可解だ」


「退路を用意していない。つーより、そもそも、ほうぼうのテイって感じなんだよな」


「そこだな。『魔獣』といえば聞こえは悪いが、意思疎通をしようとしないだけで、言葉も通じるし、頭自体は俺達と同等だ。そして、国としての主権も握っている」


「人獣問わず逃げんのはタリメエだが、巣に帰ろうとしねえのはどっちにせよ中々に解せねえな」


 赫鴉カクアは記載されている地図を確認しながら、各種族の(推測ではあるが)元々の生息圏と発見と被害にあった地域を見比べている。


「『ビサニティ』自体も、俺ら含めた周辺諸国の通称だからな。Beast正気Sanity。たあ、よく言ったもんだ」


「獣にかしずく国が、獣に請われて心中、と考えたいんだが」


 黒狼コクロウの渋面が別の意味で深くなる。


 対する赫鴉カクアも流石にふざけ半分とはいかず、思案顔で投影端末の表示を目と指でなぞっていた。


「保護しようにも、人・魔獣双方が発狂状態。そんなんだから、延命がマトモに出来ねえし、死体の脳味噌から記憶解析しようにも二つだと思ったら別のヤツのが混じってるだとかで尻尾も掴めねえ、と。宇宙人にイジられたとかっつー与太も出ちまってる」


「如何せん、他国との被害・検体を調べても一向に法則性が見えてこないからな。そして、ビサニティ側の死者数が余りにも多過ぎる」


「採算度外視……、じゃねえな。もうこりゃ使い潰すのが目的みてえだ」


 あらかじめ把握しているけれど、改めて確認すると対象の厄介さに顔をしかめる彼であった。


「で、いい加減、内外の世論・有力者がうるさくなってきてからの外征だ。俺としてはタイミングが良かったが」


「目敏いねえ。放蕩ほうとう息子やってりゃいいのに」


「それだったら、今頃首がどっかの邑長ゆうちょうの部屋でトロフィーになってるだろうな」


 話を戻す、と黒狼コクロウ


「幸い、人材と技術力──ハードとソフト両面で大きくアドバンテージを取っている。勝てる戦だ」


「せいぜいが数千程度の統率力。生体金属由来の外皮を纏えちゃいるが、そう洗練されてはいない技術継承体系。これまでの戦績も全戦全勝、と」


「そういうことだ」


 ウチは領土的野心も少ないしな、と赫鴉カクア


「ナニ若人わこうどが枯れたこと言っとるのじゃ!」


「うぉ⁉︎」


「あぁん!」


 黒髪の少年は柵の上に飛び上がり回避。赤髪の少年は尻を揉まれて艶声をあげる。


「って、んだよ、師父しふー。暇してんだから、ダラけたっていいじゃねえか」


「ええい! もうワシより強い癖に、わざとケツを揉まれるでないわ! かわした皇太子殿を見習わんか! この馬鹿弟子が!」


 と、まくしたてる耳長の童顔低身長緑髪エルフがいた。


「……えー、このような形で失礼をする。炎成エンセイ筆頭『十方不敗とうほうふはい』エンルマ殿」


「これはこれは、皇太子殿下につきましては、ご機嫌麗しゅう」


 すぐに破顔したエンルマは手と拳を合わせて黒狼に礼をする。


 彼も柵から降りて一礼。


「噂はかねがね。陽昇ヨウショウ建国からその辣腕らつわんを振るって来た生ける伝説。お見え出来て光栄だ」


「なに、今は時代遅れのロートル。彼の国では、隅で食客をやらせてもらっている程度で御座います」


「勝てなくなってきたから弟子のケツ揉むのがシュミも付け加えとけよ」


 そっぽを向いて耳を小指でかいてる赫鴉は、緑髪に尻をつねられ「ひゃうん」と身を震わす。


「だ・か・ら! わざと食らって嬌声をあげるでないわ! 師であるワシの立つ瀬がないじゃろうが!」


「いいじゃねえか。師父がケツ派だから揉ませてやってんだし」


「そういうサービス精神は白星ハクセイに分けんか! 全く、皇太子殿が見とるのじゃぞ!」


 はたから見れば巨漢と童女がかしましい喧嘩をしている光景に、そばの黒狼コクロウは呆気に取られていた。


「おっと。すまんのう。それにしても、皇太子殿の聴勁ちょうけいは鋭くてあらせられる。ワシもいい加減お暇をもらおうかのう」


「この距離まで隠形おんぎょうを通した貴女だったら、十分現役だろう」


「いやいや。単純な実力でしたら、勁力けいりょく赫鴉コヤツに、術式は白星ハクセイの方が遥かに腕が良かろうて」


 ハハと、彼女は鼻を高くして、その弟子を横目で見る。


「実際にている皇太子殿なら、分かりましょう」


「こいつは兎も角、『傾天麗獣けいてんれいじゅう』はしとやからしくてな。ガワしかえてない」


「あれはあれで人見知りするたちであるからに。ま、外征中に触れ合う機会もあるかと。その時にでも」


 すると、いつの間にかエンルマの背後を取っていた赫鴉カクアが彼女の両耳を摘んでいる。


「で、師父しふはなんか用事があんじゃねえの?」


「おお、そうじゃった。いかんのう。年を食うと若人わこうどとの話くらいしか、楽しみがなくてな」


 いかんいかん、とエルフは投影端末を表示して、いくつかを彼らに見せた。


「星詠みで凶兆が出おった。その報告じゃ」


「うげ。師父しふのそれは占いじゃなくて、予知じゃんかよ」


「そんなに高精度なのか?」


「長生きしとったらこれくらいしか、能がなくなってのう。それももう、この最近はボヤけてしまって。せいぜい直近程度。やっとこさ、皇太子殿らが此処にいるのが分かったのもこれの一助があってこそで」


 受け取った二人は端末をスクロールして、星の図解と内容を確認する。


「……思ったより端的に『凶』と出るんだな。もっと詩的だと」


「師父ってば、ソコらへんは実利主義だからなあ。まあ、分かりやすくていいんだが」


「言っておくが、鷲相シュウソウの小僧……、ではない、邑長ゆうちょうとその付近には既に伝えてはあるぞ」


 ん? と二人は疑問を作る。


「なんでわざわざ直接なんだよ? それなら、親父経由でもいいじゃねえか?」


「それはじゃな……」


 警報。


『第一種警戒態勢。観測地より所属不明勢力が急速に接近中と報告アリ。担当兵員は可及的速やかに配置につけ。繰り返す……』


 瞬間、


 グザリ


 粘膜に直接触れられるような、その上で鈍い刃でゆっくりと、けれど荒く大きく削がれる肉の感覚があった。


 キャットウォークにいた三者は同様にその気配を感じ取り、一人を二人が制止した。


「おい! どういう事だ⁉︎」


「わりい、黒狼コクロウ殿。オメエはカチコミの方担当してくれ」


「砦の方がマズいだろうが! なんだこのおぞましい気配は!」


「スマン、ワシからも頼む。『十方不敗とうほうふはい』エンルマの名の下、皇太子殿下に願い奉る。ここの安全と白星の尻拭いはワシらが完遂する」


 ……チッ! 皇太子は幾らか逡巡し、舌打ちの後、外の通路へ踵を返した。


 同時に、次男とその師は内へ駆け出す。


「しくじったら、その首、まともに使われると思うなよ!」


「おう! 助かんぜ! 野暮用終わったらスグ追いつく!」


 内外でにわかに慌ただしくなった長城砦ちょうじょうとりでが動きだした。

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