第2話 長城砦の打ち合わせ(もしくは腹の探り合い)
「では、此方の兵の管轄をそちらに移します」
「承った。
「それはなによりで御座います。では、これにて次期外征軍議を締めさせて頂きます」
主に軍議を執り纏める大部屋にて、
黒狼が長城砦に来訪してから、一週間ほどで纏まったのだ。
「議事録は止まっているかな?」
「既に」
記録係が投影端末(『マテリアル』を抽出して顕現・操作する装置。個々人が持つことが出来、決まった機能を行使し、後付けで様々な機能を追加出来る)の録音・記録機能が停止していることを確認する。
「じゃ、お疲れ様。内容は中央に送っておいて。あと黒狼様は何かありますかな?」
「では、
皇太子直々の命に、双方の文官武官が退出していく。
二人のみでは幾分以上に持て余すがらんどう具合に、彼等はしばし沈黙する。
「次代の皇帝殿は堅苦しいのが苦手なようだねぇ」
先に沈黙を破ったのは砕けた口調の
「この
「だからって、崩した形で大丈夫とまで言われたのは驚きだよ」
「その方が
「あらら、随分買ってくれるねぇ」
タヌキめ……、と黒狼は内心呆れる。
彼が対面している
広大な領地を、多数の副官からのサポートを受けているとはいえ、諸外国相手に時に
歴代の
そして、皇族というパイプを用いて中央に働きかけてきたとも。
「ここの街はどうだったかなぁ?」
そんな不気味な血筋とは裏腹に、目の前の武侠は柔和に治めている街の感想を聞いてくる。
「とても栄えていたかと。活気の面だけで言えば皇都よりも遥かに」
「いやぁ、それは息子達の努力のお陰だなぁ」
「謙遜を。貴方の教育の賜物だろうに」
「どうだか。ウチの方針は『自主性に任せる』だからねぇ」
ここまでやり取りして
歓談ではあるが、押しても引いても会話の形は崩さないで、足らず過ぎずの必要な言葉で
(中央の剥き出しの連中の方が何倍もマシだな)
「そう言えば此方の次男坊夫婦に会ったんだって?」
と、その父親は話題を変えてきた。
「あー……、まあなんというか、こう、掴みにくかったというか……」
「あらま、歯切れの悪い」
「聞き及んでいた割には大人しかったな」
皇太子はついこの前、街の大通りで大胆不敵に出会ってきた
そういえばこの砦に来てからは会ってなかったと少々疑問にも思う。
「ハハ、無理もないかなぁ。こちらとしても、たまに分からないし」
「
「
「分からないことに心配はないのか?」
「んー? まあ、アレはアレなりに考えてるし、そこまでする必要はないかなぁ」
(こうも気安い距離を置ける関係か……)
彼は
現皇帝である父を相手に日々様々な権謀術数を張り巡らせて、神経を尖らせている彼としてはなんとも言い難い気持ちがムクリと鎌首をもたげた。
「なんなら会ってみる?」
「機会があれば。今は目先ののことに集中せねばと」
「まあまあ。出征までには少し時間があるし、ゆっくりするといい。
「顔パスは兎も角、女は自前で用意している」
「流石に安い釣り針過ぎたかぁ」
「ソレに付け込まれた例が幾つかあるからな」
しっかり管理出来てて重畳重畳、と
対する
「女が大丈夫なら、食事はどうかな? 牛とか色々揃えてはいるけれど」
「過不足なく。自国、領内の物だけでなく、交易品、珍品までも出てくるので飽きがこないな」
「気に入ってもらえて何より。リクエストがあれば毟り取ってでも用意しようかねぇ」
「わざとらしく悪ぶるのはシラケるぞ」
「良い人過ぎるとナメられるからなぁ。理由をつけて悪さしたいんだけれども」
「また心にもないことを」
彼は下手に目の前の男から恩を買うのを警戒しつつも、連日提供された料理については素直に感心していた。
厚く柔らかい牛のヒレ肉、良く煮込まれほろりと溶ける熊の手、珍しさで言えば、遥か西方から取り寄せたという『
「ここが栄える理由が良く分かる」
「中央にも卸してはいるんだけどねぇ」
「日常的に食えるとなると、ここの方がはるかに便利だ」
「それは違いない」
だな、と
中央でも美味い食事は提供されてはいるが、バリエーションという点からはこの
「女に食事。両方大丈夫なら安心かなぁ」
「ま、贅沢を言えば、狩りが出来れば文句はないな」
「うーん、この季節なら山の方に行って虎なんてどうだろう?」
「悪くない。好みとしては竜なんだが、この際だ。今回の外征が終わって、手隙があれば用意を頼む」
「案外鬼が出たりして」
「尚更だ。皇太子としての箔がつく」
と、
黒狼も存外話せたなと思いつつ、立って割り当てられた
***
「
「今日はもう休め。俺は俺で少し用事がある」
黒狼は貴賓室での夕食を終えた後、
(牛に虎。随分な場所に御自慢の息子を置くんだな)
彼は巡回中の
(
次代の皇帝が
それは対照であった。
大層な肩書きがあっても、実績の少ない黒狼。
そこまででない位だが、多数の功のある赫鴉。
二人はそう変わらない年代であった。
軍議後の
(やれやれ。『他者と自身を比較する。その違いの理由を知りたがる』俺もまだまだ、だな)
彼は自身の青さに内心苦笑してしまう。
一方でスムーズに通路を通れることに驚いてもいた。
先刻、ここの長と話していた通りに、警邏は礼をするのみで黒狼に関わってこない。
彼自身の身分の高さというのもあるが、こうも易々かつ堂々と出歩けている都合の良さには驚いていた。
(練度伝達の高さなら、中央よりも上だな)
軍を率いる者としての目線から、彼は
つい先ほどの話で出た内容が既に周知されているのことが、何よりの証拠だった。
そして、『
知覚出来る全てがこの炎成の『質』の高さを裏付けていた。
(その中での空白……! そこがアイツらの居室か……!)
北東に歩みを進めていく内に、不自然が明確に知覚出来ていく。
黒狼が寝泊まりしている広々とした客室より、二回りほど広い空間がその方角にポッカリと空いていた。
(あの二人を読み切れなかった時と同じ空白……。術式と勁力操作の合わせ技の
一般の兵士に黒狼が
彼はその空間の一番近くの警邏である兵士を過ぎて、更に数分を急く歩で進んだ。
「ここか」
眼に痛い程に赫く飾られた長方形の景色と、真逆の味気ない四角い空白を識る。
映るそれを境に音も振動も消失していた。
黒狼はこの一週間、砦全体に知覚を拡げてはいた。
その間は『ここ』は、他の空間とさほど変わらない低出力の隠密術式が掛かっていた。
が、彼が自由に動けるとなる瞬間に消失したのだ。
(随分丁寧に大胆不敵ときたな)
皇太子はつい先日の接触との既視感を覚えながらも、備え付けられている呼び出し鈴を鳴らす。
『しばしお待ちを』
一拍置いて、有線通信術式から
更に一拍置く。
扉の鍵が開く音。
鮮やかな金の髪に、上から兎、狐の耳。そのすぐ下に龍角。
目を惹く美貌とそのはっきりとした曲線の肢体。
妖しさや異質さを兼ね備えながら、なお万人が見惚れる女、
「お待たせ致しました。御用件は?」
「……」
「どうかなさいました?」
「……どうやら取り込み中のようだったな」
彼女の姿に彼は一瞬呆気に取られてしまった。
女は衣一枚で帯は碌に結ばれておらず、胸元から臍下まではだけて、その片方だけですら両手で掴んですら有り余る肉実の先端を飾る輪がはみ出ており、下腹部は呼気の度に濃密であろう秘林が見え隠れしていた。
加えてその地肌には珠のような汗が浮いてる。
澄まし顔ではあるが、何をしていたのかは明白であった。
「日を改めよう」
「お気になさらず。御身のご事情の方が遥かに優先されるべきでしょう。それに終わっていますし」
「夫の方を
ああ、と白星は頷くが、
「そこまでではないかと。
「は?」
皇太子は気の抜けた返事を返してしまう。
「お呼び致しますので、少々お待ちを」
「いや、おい……!」
彼の制止を知ってか知らずか、
「これはこれは、
何拍かの後、そうわざとらしく仰々しい挨拶で出てきたのは、件の
初対面時の着流しとは反対に正装であった。
「……随分と気長に準備をしてたようだな?」
「いえいえ、滅相も御座いません。
「全く白々しいな。まあいい。場所を変える。ついてこい」
「御意に」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます