第36話「妹と取り引き」
「ぴぎゃああああああああああああ!!!!」
隣の妹の部屋からやかましい悲鳴が上がる。何かあったんだなと思いつつわざわざそれを深くは聞かない、これも一つの処世術だ。
「お兄ちゃん!!!! 慰めてください!」
しかし妹の方から来るときもある。さすがにそれを無視するのも気の毒なのでドアを開けて部屋の前の茜に事情を聞いた。
「お兄ちゃん! 相場が! 相場が酷いんです!」
「あー……やっちゃったか……」
その一言と茜のFXで有り金を溶かしたよう人の顔から全てを察してしまった。未成年は国内FXができないので現物だろうか?
「お兄ちゃん! こんなのってあんまりですよ! 私はちょっと稼げればいいだけだったんですよ!?」
俺は茜の頭に手を置いて慰めた。
「たいてい市場は思い通りに動かないものだぞ、諦めた方がいいな」
「うぅ……そんなぁ……私の単元未満株が……」
ああ、一単位買ったわけじゃないんだな。傷は浅そうだ。
「大した金額じゃないんだろう? そのくらい諦めろよ、いい勉強代だろ」
しかしその言葉を聞いた途端に茜は俺の頭をひっつかんで耳を自分の口に寄せた。
「……です」
「マジか……」
結構な金額だった。高校生には刺激の強い金額だ、俺でもメンタルが不安定になりそうなくらいの金額を失っていた。失っていたと言っても含み損であり塩漬けすれば損失は確定するまで決まらない『シュレディンガーの含み損』ですむ、たいていの場合はそれをやると更に下がって引くに引けなくなるんだけどな!
「まあ……うん……買ったことを忘れたらどうだ? どうせ上場廃止なんてそうそう無いんだし、お前が成人した頃にいくらかあがってるかもしれないじゃないか」
俺もごまかしを言っているのは分かっている。ここから上がる株など滅多に無い。リスキーなだけではあるのだが、もう大損失を経験しているので最悪でもゼロにしかならないんだし信用取引しなかっただけマシだろう。
「お兄ちゃん……もっと温かい言葉をかけてくださいよぅ! 私は今、大いに傷ついているんですよ!」
「はいはい、よく頑張ったな。投機からは足を洗った方がいいと思うぞ」
茜の頭を撫でると不気味な笑いをしてから『たまには弱みも見せるモノですね……」などと言っていたので調子に乗らせたのかもしれない。
「お兄ちゃんは私に資金を足してくれようとか思わないんですか?」
「俺は困ったこと無いから、茜が困ってるのを助けるのは嫌じゃないけど、今回助けたら同じ事繰り返しそうだから助けないよ」
借金癖のある連中あるある、身内が返すと次の借金の抵抗がなくなる、そういう話はよく聞いた。人間の欲深さというのはどこまでも底なし沼なのだろう。どうかどうか、FXにコイツがこの先手を出すことがないよう祈るばかりだ。三桁四桁万円の金がポンポン飛び交う界隈に妹がいると思うと本人より俺の方がメンタルをやられる。某掲示板では相場の上下で常に大量の借金を積んで退場している。あそこに参加できるのはごく一部の金持ちだけだ。
「うぅぅ……お金が入ったらお兄ちゃんに心付けを渡して好感度アップを狙っていたのに……」
「仮にそうだとして、ここで俺が補填をしたら俺の金が俺に返ってくるだけでは……?」
「お兄ちゃんは怖いところにばかり目を向けてませんか? 世の中には買っても安定している株があるんですよ?」
「でもお前それを買えてないじゃん?」
「次は上がりますから! 私の勘は確かなんです!」
「そういう人は身内に金を要求したりしないからな?」
茜も後ろめたいらしく、引き下がった。相場なんてものは未成年程度の収入でやっていけるものではない。こう言ってはなんだが、ハッキリ言って茜に才能は無い。いい機会なので諦めて欲しいところだ。
「しょうがないですね、次のお兄ちゃんとのデート代にと思っていたのですが……次はお兄ちゃんに奢ってもらいますか」
「何をしれっとナチュラルに集ろうとしてるんだよ!? 俺は金なんてろくに無いからな?」
茜はデート代を投機で稼ぐという感心しないどころか頼むからやめてくれと言う思想をしていた。割と本気でやめて欲しい。デート代をギャンブルに頼るとか不安定すぎる。そもそも兄妹でデートが成立するのかという疑問はさておいても酷い考え方だ。
「はぁ……じゃあお兄ちゃんとのデートは割り勘ということにしましょうか……非常に不本意ですがね」
「そもそもデートをするのか……そこからして疑問なんだが?」
「そこは流されてくださいよ! 今はお兄ちゃんが『しょうがないなあ』って言って妹とのデートを実行する流れでしょうが!」
「えぇ……」
「お兄ちゃんは私とデートしてくれないんですか?」
う……そう言われると否定はしづらいな。
「また今度な」
「え?」
「そういうのはまた今度、今はお前の財政状態が気になるんだよ」
「ふふふ……お兄ちゃんはチョロいです……」
「何か言ったか?」
「いいえ、なんでもないのでお気になさらず」
茜は微笑みを湛えて楽しそうだにしているのだった。
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