第26話「妹の宿題、あるいはWikipediaをwikiと略すことの是非」

「おにーちゃーん!! だずげでくらさい!!」


 もういい加減妹に泣きつかれるのにも慣れてきた。どうせくだらないことなのだろうが話くらいは聞くとするか。


「で、何があったんだ? とりあえず家に帰るまで待てなかったのか?」


「だって酷いんですよ! 読書感想文で正直に書いたら再提出させられるんですよ!」


 そういえばそんな課題も出ていたな。チョロい課題だったので適当に書いて頭の中から忘れ去っていた。読書感想文に教訓を感じたと書いてあらすじをなぞるだけの簡単な作業だ。


「何をやったら読書感想文の再提出なんて起きるんだ?」


「『シャイニング』の読書感想文を書こうと思いまして……」


「そこそこ分厚いし挫折したのか?」


 途中までしか読んでいなければ教訓めいたことも答えづらい。


「いえ、配信サイトで映画が流れてたのでそれを見て感想を書いたんですが、『お前映画見て書いたろ?』と何故か見破られてしまいまして……」


 えぇ……監督オリジナル要素が強すぎて続編と矛盾してる方の映画を見たのか……先生も既読者だったんだな、確かにあの展開は賛否あるが読書感想文にしたらあっという間にバレてしまうだろう。一部重要キャラがあっけなく死ぬなど原作と違いすぎるので映画だけ見ているとそらバレるよとしかいいようがない。


「まさか困っている妹を見捨てるようなことはしませんよね?」


「困っているようには見えないんだがな……本を一冊買って読んで適当にあらすじでもなぞればいいじゃん」


 読書感想文の定番、あらすじで文字稼ぎだ。困ったらあらすじの紹介をしておけば文字数を稼げる。無意味に段落を区切る事と並ぶ定番の文字稼ぎ手法だ。


「しかし! 私には秘策があるのです!」


「秘策?」


 だいたい予想は付くが一応聞いておこう。


「密林の書籍レビューを見て内容を参考にしながらリライトすればいいのです!」


「お前それ絶対バレるぞ? しかも映画見て書くよりたちが悪いな……」


 茜は驚きに目を見開く、いや驚くほどの事じゃないだろ。どう考えても再々提出になるパターンしか想像できないぞ。


「ちっ……面倒くさいですね……」


「お前、普通に本を読むという選択肢はないのか?」


「全年齢向けでも妹エンドのラノベを読書感想文の題材にするのは如何なものかと思うのですが?」


「他にまともな本はないのか?」


「無くはないですが、読む気がしませんね」


 清々しいまでのクズっぷりには呆れざるを得ない。この調子だと再々提出は確定のような気がする。


「お前なあ……俺が代筆しようか?」


「お兄ちゃんの字と筆跡鑑定をされたら一発でバレそうなので結構です」


 その辺の危機管理は出来るんだな……もう少し勉強に真面目になって欲しいところだ。


「じゃあ俺は特に支援しなくてもいいな。頑張って」


 がしと手を掴まれた。どうやら逃がす気は無いらしい。


「お兄ちゃんも手伝ってくれますよね?」


 やれやれ、選択肢など無いくせに同意を求めるなよ……


「分かったよ、じゃあ本くらいは貸してやるからそれ読んで書け」


「分かりました!」


 俺は部屋に戻って本を選定するのだが、教師ウケのいい本とはどれになるだろうか? 薄い方がアイツも読んでくれそうだし、これにするか。


 俺は『星の王子さま』を選んで茜の部屋に持って行った。無難な選択肢だ。ラノベも問題無いだろうかと少し考えたのだが教師がブチ切れそうな気がしたのでやめておいた。更にいうなら、俺の買った一般向け本にはたいてい性描写がある。その辺を考えるとラノベの方が厳しいレーティングになっている分いくらか選びやすいと思った。


「ほほぅ……これは薄いですね!」


 まず薄いという乾燥が出るところが茜らしい。このくらいなら読み切れるだろう。


「なるほど、では早速……」


 茜はスマホを出して操作しはじめた。


「なあ、何やってんの?」


「いまwikiであらすじを把握しているところです」


「意地でも読もうとしないんだな……」


 これも一つの省エネだろうか? 人間として知識を得るより楽をする方に流れていくというのは結構なことだな。


「んー……まあやめておきましょうか。せっかくお兄ちゃんが貸してくれた本ですからね! それを読むくらいの誠意は私にはありますし」


「自分で言うことかね……まあいいや、感想文頑張ってくれ」


 そう言って俺は部屋を出た。どうか次の提出物が再提出にならないように祈ることしか俺には出来ない、しかし次は大丈夫と俺は確信している。

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