第22話「妹のイメージ戦略」
「お兄ちゃん! 学校行きますよー!」
「分かったからもう少しのんびりしないか? まだ十分くらい余裕はあるだろ?」
「お兄ちゃんと一緒に登校するなら一番人の視線がある時間を狙わないとダメじゃないですか!」
「なんでだよ! 別に別々に登校したっていいだろう?」
「兄妹なんだから手を繋いで一緒に登校は当然でしょう?」
相変わらずわけのわからない理屈を持ち出してくる茜。兄妹だから当たり前? そうだろうか? なんだかおかしい気もするが断言するのでそれを否定するのもなんだか気圧されてしまい難しい。世の中には少なくとも法律上は家族であっても理解し合える家庭は少ないのだろうか。
「ほら、学校に行きますよ!」
「分かったってば……」
朝食のショートブレッドを口に放り込んで水で流し込む。朝食終わり!
「じゃあ行くか」
「では……」
茜はおもむろに俺の腕に抱きついてくる。
「重いぞ……」
「失礼ですよ! 女の子に体重の話は厳禁ですよ!」
「いや、少なくとも腕に人一人が抱きついてきたら誰だって重いというと思うぞ?」
「お兄ちゃんはデリカシーが無いですね……まあいいでしょう! 私は心の広い妹ですから!」
自慢げにそう言っているが、そもそも腕に抱きついてきたのが原因なので、俺を茜が許したといった事実はないのだが、その自信はどこから来るのだろうか?
ドアを開け表に出ると日差しが制服に当たって熱を発している。暑いというわけではないが快適というわけでもない。そしてそのただでさえ温い空気を隣にいる妹が更に暑苦しくさせている。
「いやー、お兄ちゃんと一緒の投稿は照れますねえ!!」
まったく恥じらいのない顔でそう言い放つ茜、なかなかの根性だし、自分で言っておいてまるで仕方なくやっているように振る舞うのは神経が図太いとしかいいようがない。そして俺をあちこち引き回しながら登校するものだから余裕を持って家を出たはずなのに予鈴近くになってようやく学校に着いた。
陰キャのルーティンとしては学校での自由時間はスマホでツイツイするか、耳にノイズキャンセリングイヤホンをつけて外音をシャットアウト……しているように見せかけて寝ることなので時間ギリギリについたのは悪いことではない。
「……平和だ」
俺の望む日常が確かにここにはある。茜の唐突なスキンシップこそあるものの、だいたい皆慣れてしまっており茶化す人も邪推する人も少ない。スマホでメッセンジャーをチェックして、いつも通り何も届いていないことを確認してからスマホにたまっている通知を処理していく。
学校内では茜も多少は……ほんの少しだけおとなしくなるのでこういった時間にタスクを処理しておく。通販サイトのメールをざっと眺めて記憶に無いものがあるか照会し、自分で注文したものが発送処理されたのを確認しておいた。
あとはニュースを見ていつも通りの日常を確認する。
「お兄ちゃん!」
おっと、平和を乱すものが唐突に現れたぞ……
「なんだよ……?」
「いえ、お友達の方とお話ししないのかと思いまして」
「俺には二人組を作ったときの担当くらいしか居ないよ……」
最低限あの『はーい、二人組作って!』には対応できるので許して欲しい。これが最悪なのはぼっちならほぼ全てがそうだと思っているのに決してやめようという声が上がらない。この世が陽キャによって回されていることの証左だろう。
「私も二人組になれますかね?」
茜が期待を込めた目をしてそう聞いてくる。
「知ってるだろ? そういうのは大抵男女別なんだよ」
代表は体育の授業、あの教師は昔から友人関係に困ったことがないのだろうか? もしくは陰キャに恨みがあってわざわざ教育の場に出てまで復讐を果たしているかのどちらかだろう。
「じゃあちょっとお話ししましょうよ!」
勘弁してくれ……周囲からの視線だけで妙な噂が流れていそうなのが容易に想像できる。平和な日常を踏み荒らすのは勘弁して欲しい。友人なら最悪縁を切ることも出来るが家族となると学校でどういう関係であれ帰宅後に顔をあわせる羽目になる。
キーンコーン
授業の始まりを告げるチャイムが鳴ったので渋々茜が俺から離れる。俺は教科書を出して授業を受けることにした。
そして平穏な午前の授業が過ぎ去り怒濤の昼休みになった。当然のごとく弁当を食べるのだが茜も一緒だ。俺としてはコンビニで買えるインスタントラーメンをそのままかじるのが昼食でも構わないのだが、茜が『お兄ちゃんはもっと料理に興味を持ってください!』と言ってたびたび弁当を作ってくるのでそれを食べるのだが、茜が作ったものを食べるのに本人に関わるなとは言えないので同じ机で食べている。
「お兄ちゃん! このメニューのどれがお気に入りですか?」
「そうだな……ベーコンとソーセージと唐揚げ」
「全部お肉じゃないですか! 少しは健康に気をつかおうって気は無いんですか?」
「知らないのか? 人間の体の多くはタンパク質で出来ているんだぞ? それを食べて健康に悪いわけがないだろう?」
「お兄ちゃん、それならソイレントが一番健康にいい食べ物だと思うのですが食べたいですか?」
「ソイレントを知ってんのかよ……」
「まあお兄ちゃんの部屋にある本は私の端末に電子書籍で買い始めていますからね、おそろいの本だなってロマンがあるじゃないですか?」
「金がものすごくかかると思うんだが、お前は本当にそれでいいのか……?」
「いいんです! お兄ちゃんの理解がもっと必要ですからね!」
俺の理解と俺の持っている本と同じものを揃えることに関係があるかどうかは謎だが、本人としては意味があるらしい。そこまで来ると俺個人の研究者のような気がするのだが、そんな不毛なことを研究するほど酔狂な人間はいないだろう。
「それで、お兄ちゃんは誰とメールをしてたんですか?」
「誰とって何の事だ?」
「ちらりとメールを開いている画面が見えたもので、誰とやりとりしているのかなと」
「ただの通販の発送通知だよ」
そう言うと茜は一呼吸して安堵していた。
「良かったです……お兄ちゃんが女の人とメールをしていたら私の怒りが有頂天になるところでした」
「古のスラングをリアルに持ち出すな……」
今時そのネタは知らんよ、十四に世代交代しているだろうが……
「お兄ちゃんさえ分かってくれればそれでいいんですよ! ごちそうさま」
食べ終わったようだ。
「俺もごちそうさま、というか自分で作った弁当にもごちそうさまって言うんだな?」
「まあ料理には植物や動物の命が……というのは建前でお兄ちゃんのプライベートをごちそうさまという意味です」
「人の個人情報を食べるんじゃない」
こうして情報を食べる妹との昼食は終わった。茜の考え方は理解できないが一本筋が通っているようには感じる、それは理論ではなく直感的なものだ。
午後の授業で茜がぼんやりとしていたので大丈夫かなと思っていたら案の定指名されてまごついていた。
うららかな午後の日差しの中、俺たち兄妹は日常を過ごしている。
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