第14話「妹と映画を見に行く」
「お兄ちゃん! 最近は恋愛ものの映画が流行っているそうですよ!」
「そうなのか」
「お兄ちゃんは私への忖度が足りませんね」
妹が何を言っているのか分からない。兄妹になって日が浅いとかそういうものではなく根本的な価値観のズレが俺と茜のあいだにはあるようだ。
「そこはお兄ちゃんから『一緒に見に行こうか?』と誘う場面でしょうが!」
理不尽な怒られ方をされてしまう。知らんがな……
「じゃあ一緒に見に行くか?」
「ええ! 行きましょう! ちなみに流行っているのはシスコンの兄とブラコンの妹が出てくる作品ですよ!」
「そんなピンポイントな性癖に刺さるものが流行ってるのか……世も末だな……」
「ふっ……世の中何が流行るかなんて予想することは不可能ですよ。時勢と傾向は分かっても流行るかどうかは運ですからね」
茜はきっぱりそう言う。割り切るにもほどがあるだろう。つーか今時の流行は何が来るか予想できないな……テレビでやっていれば流行っているという時代もあったようだが……
俺はスマホを開いて茜にタイトルを聞く。
「なんて映画だ? 予約しておくよ」
「『妹の溢れた世界で、俺だけ義妹しかいない』ってタイトルですね」
「タイトル考えたやつは思考回路がショートしてるんじゃないかな!?」
SAN値がゴリゴリ削られそうな胡乱なタイトルだ。ダイスロールで出た値がろくでもなかったときに制作者が思いついたんじゃないだろうか? まだサメ映画の方がタイトル的にマシなんじゃないかとさえ思えてくる、少なくともサメ映画は『鮫と戦うんだな』程度の情報は分かるからな。
スマホで映画館の予約ページを開いたらマジでそんなタイトルの映画があった。いろいろな人の正気を疑いたくなるが、世の中は想像よりも自由らしい。ポチポチと近所の映画館の上映時間を見てギリギリ高校生でも入れる時間に予約をいれる。
「じゃあ夕方の上映を予約しておいたから今から行こうか」
「夕方なのに今からですか? 今はまだお昼を食べたばかりですよ?」
「お前はここの電車のダイヤを知ってて言ってるのか? 一本逃したらアウトのギリギリな生き方をする気は無いんだよ」
悲しいかな汽車が一時間に一本しか通っていないので悠長なことは言っていられない。夕方の予定を夕方の列車で済ませようとするとギリギリ間に合うかどうかのラインギリギリになる。早めの行動は当然だろう。悠長なことが出来るのは原付でも持っているやつだけの特権だ。
「しょうがないですね、着替えてくるのでお兄ちゃんも着替えておいてくださいね」
「え、俺も着替えるの?」
そう言った俺に蔑むような視線を向けてくる。
「冷静に考えて映画を見に行くのにスウェットはあり得ないと思うんですけど……」
「スウェットだめなの? 凄く動きやすいんだけど……」
「そういう問題じゃないんですよねえ……デートじゃないにしてもスウェットで恋愛映画を見に行くのは冒涜に近いですよ?」
酷い言われようだ。動きやすくて心地いいスウェットの何が悪いのだろう? しょうがないから着替えるか……
俺は部屋に戻って無地のシャツとジーンズを着て玄関に行く。思考時間の無駄なので柄物は滅多に買わない。一々服がダサいの何だのと気にするくらいなら無地に決めておけば考える要素が無くて楽だ。
「お兄ちゃん! お待たせ!」
そう言ってやってきた茜は水色のワンピースを着ていた。結構本気になっているようだ。
「映画なんてそんな熱心に着替えていくようなものかね?」
「『お兄ちゃんと』行く映画は特別なんですよ!」
「そうか、じゃあ行こうか」
「はい!」
そうして俺たちは駅へと徒歩で向かった。自転車置き場はあるのだが、いかんせん茜の服では自転車に乗るのが難しい。やはり早めの行動を決定したのは正解だったなと思う。
そして外に出るなり茜は俺の手を握ってきた。
「やっぱり歩いていくなら手を繋ぐべきですよ!」
そう言って俺の手をギュッと握るので俺もなんとなく握り返したら、茜がだらしない顔になったので駅まで手を引いて向かった。
案の定というか、駅はガラガラで、いかにも不採算路線という風景をしている。秘境駅ほどではないが鉄道オタクもわざわざ来ないだろうという絶妙な田園風景だ。もちろん大半の人は車で移動するので、中高生くらいしか汽車に乗る人は居ない。老人だって無理矢理車に乗るのだから当然だろう。
「二人分」
そう言って切符を買う。当然だが自動改札などと言うハイソなものは無い。FeliCa? 何それ美味しいの? と言うのが現実だ。是非ICカード決済だけで生活が出来ると主張する人はこういう現実を一度でいいから体験してみて欲しい。
「お兄ちゃん、電車はいつ来るんですか?」
「電車じゃないが……後十五分だな」
汽車だ、ディーゼル車だ。電気で動くような高等な代物ではない。レールはあるが上に電線は無い。
「ねえお兄ちゃん、退屈ですね」
「そういうものだろ? 汽車に楽しさなんてものを求めるのが間違ってる」
そんな話をしているあいだに汽車が到着した。開いた扉に二人で飛び込みボックス席に向かい合って座る。譲り合いの精神が云々と言うが、そもそも受験シーズンでもなければ席が埋まること自体が滅多に無いので二人ともゆうゆうと席に座れる。
ガタゴトと流れる景色を眺めながら物憂げにしている茜に目線をやった。
「どうかしたか?」
なんとなく憂鬱そうだったので聞いてみた。
「いえ、せっかくなので雰囲気たっぷりにイチャつこうと思ったんですが……誰も見てないんですよね……見せつける相手がいないとどうにも気が乗らないと言いますか」
「そういうことを考えること自体が分からないな。自己満足を他人に見せつけて楽しいとは思えないよ」
茜は一つため息をついた。
「まあ映画を見た後ならもう少し雰囲気も出ますかね……」
そう言って物憂げに景色を眺めている。
俺はどう言っていいのか分からなかったが、その考えは到着のアナウンスでさえぎられた。
「そうだな、とりあえず映画だな」
二人で席を立って汽車を降りて切符を出し駅を出る。幾度か繰り返していたので慣れたものだ。いずれは車を持ってこの汽車に乗ることも無くなるのだろうと思っているが、今のところはお世話になっている。
映画館はショッピングモールの中にあるので二人で行くのは初めてでは無い。モールへは一本道なのだが当然の権利とでも言いたげに茜は俺の手を掴んだ。
一緒に歩いて行くと時間的には割と余裕がある時間に着いた。余裕があるとはいえ、一本逃していたらアウトな時間なのでもっと汽車を走らせて欲しい。空気を運ぶような箱を大量に動かすなんて赤字路線でやってはいられないのだろうがお願いはしてみたい。
そして映画館でQRコードを読み込み予約していたチケットを発券する。座って待ちながら映画の上映が始まるなり茜は俺の腕に抱きついて入場することになった。端から見ればカップルに見えていたのかもしれないが、果たしてカップルが『妹の溢れた世界で、俺だけ義妹しかいない』というタイトルの映画を見に行くかどうかは怪しいもので、実際実写だというのにスクリーンの方から客席を見るに、あまり陽キャはいない様子だった。
そしていつも通りカメラの頭をした人間がつかまる小芝居を流してから映画が始まった。
正直に言ってヒロインが妹であること以外はこれといって特徴の無い映画だったが、その分ストーリーは案外王道のそれだった。悲恋に見せかけてラストで兄妹が結ばれるものの世界は何も変わらないという想像の余地のあるストーリーだった。
終盤では隣の茜が『ぐず……うぇ……いい話ですね……』と感極まったように話しかけてきていたが俺にはよく分からなかった。
上映が終わり隣で余韻に浸っている茜に『そろそろ条例で規制される時間だから帰るぞ』と言ったところ大いに不満げだった。食事くらいと言っていたが補導されるような目にはあいたくない。
そうして駅で汽車に乗り帰途についた。帰っている途中で茜が映画についての考察をしていたが、俺には理解できないものだった。
俺が茜に『楽しかったか?』と聞くと『ええ! とっても!』一番の笑顔でそう言ったので、俺が感銘を受けたのは映画のストーリーよりもその笑顔の方がかけがえのないものに感じた。
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