第9話「妹と怪談話」

「お兄ちゃん! 暖かくなってきたので怪談をしましょう!」


「妹がヤンデレだったとかいう実話系怖い話をすればいいのか?」


「違うでしょう! 私たちはラブラブですよ! そんなリアルさの欠片もない実話はやめてください!」


 リアルさが無いという茜の言葉は空々しく聞こえるが、否定してもキリが無いので放っておく。これはあれだ、RPGで『はい』と『いいえ』の選択肢が出てくるけど『いいえ』を選んだら無限ループするタイプの有無を言わせない質問と言うより要望だ。


「そんなことを言われてもな、俺は怪談とかほとんど知らないし」


 茜はそれでもめげない。


「内容とかどうだっていいに決まってるでしょう! お兄ちゃんが怖そうな話をして私が『きゃー』と抱きつくイベントであって、話の内容とかマジでどうでもいいんですよ!」


 怪談を早速全否定する茜。お前にはもう少し情緒というものが無いのか? 即物的な妹をどうしたものだろうと思っていると俺の手を引っ張って部屋に連れ込まれてしまった。


 電気を消して小さなランタンをぽうっとつけてその弱い明かりで怪談をするようだ。


「では、僭越ながら私が一話目を話しましょうか」


 何が僭越ながらだ、思い切り目立ちたがりのお前は引け目に感じるところなんて欠片もないだろうが……


「これは……私の友人の友人の友人の義理の妹の知り合いの体験した話です……」


 どう考えても他人じゃねえか! つーかそんなピンポイントに義理の妹要素があるか? 恣意的なものを感じずにはいられないんだが……


「いいですかお兄ちゃん、私は実話を話しているわけですね、いいですか?」


「わかったわかった」


 適当にそこにこだわってもしょうがないので俺は諦めて続きを促した。


「その子がお兄ちゃんに愛の告白をしたんですよね……」


 なんか話がのっけからおかしな方向に向いているような気がするのだが……


「そうしたらその子のろくでなしの兄はそれを一笑に付したんですね……」


「ろくでなし要素を聞いてないのでさっぱりわからないんだが」


「妹からの愛情を拒否するとかろくでなしに決まってるじゃ無いですか!」


 えぇ……それでいいのか? というかまだ怖い話になってないんだがな」


「そしてその妹はお兄ちゃんを刺して自分も毒を飲んで死んでしまったんですね……」


 おお、ちょっと怖い話になってきている!


「怖いですよね……おしまいです」


「終わりかよ! 怖い話要素はどこに行った!? 普通その後幽霊になったりするものだろうが!」


「お兄ちゃんが妹の思いを拒否するとか怖すぎるじゃないですか! その悲恋は世間に深く伝わるべきじゃないですか!」


「お前の価値観はよく分かった。次は俺の話にしようか」


 俺は議論が成立しない予感がしたので話を打ち切ることにした。前提というか価値観が違うのでどうしようも無い。


「ではお兄ちゃんの怖い話、どうぞ!」


「あるところに幼なじみと付き合っていた男がいたんだが、あるとき一夜の過ちを犯してしまう……」


「その相手が妹だと? でもそれじゃハッピーエンドじゃないですか?」


「その相手は幼なじみの親友で……」


「妹が出てこない、ギルティですね」


「この話は終わりにしようか」


 茜はそれについてクレームを入れてくる。


「お兄ちゃん! ちゃんと妹が出てくる怖い話をしてくださいよ! レギュレーション違反ですよ!」


「怖い話に妹を出すなんてレギュレーションはねえよ!」


「……とりあえず怖がっときましょうか……お兄ちゃん! 怖いです!」


「抱きついてくるような雰囲気がさっきまでの会話で1ミリでもあったか? フラグもクソも無いような行動を取られると俺も困るんだが……」


「とりあえずこれで妹の頭を撫でておけば妹に対する対応としては正解なんですよ!」


「えぇ……これでいいのか」


 茜の頭に手をあててさする。ニヤニヤしている表情からしてこっちの方がよほどさっきの怪談より怖い。


「ふひひひ……いやあ、やっぱり怖い話はいいですねえ……」


 明らかに怖い話関係ないだろとは思うのだが、茜の方は納得している様子なのでこれ以上とやかく言っても聞いてはくれないだろうな。


「晩ご飯だし、そろそろキッチンに行こうか」


「お兄ちゃんは妹にサービスしようとか思わないんですか? 塩対応が過ぎますよ!」


「今でも十分過剰サービスだと思ってるよ」


「けち……」


 そういうわけで怖い話はよく分からない話が続きぐだぐだのまま終わった。その後、なんとなく寝る前に茜のした怖い話の内容をざっくり検索してみたのだが、当然ながらそれっぽいニュースは少なくとも日本語では見つからなかったので捜索だと確定し、俺は安堵のため息をついた。

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