第8話「妹の看病」

 この日、俺は学校を休んでいた。理由は体調不良、ただし俺ではなく茜の体調不良だ。


 朝、キッチンに立っていなかったので寝坊かなと思ったら、すぐに部屋からやってきたのだが顔が真っ赤に染まっていた。それは恥ずかしがっているなどといったメンタル的な理由ではなく、明らかに体調不良にしか見えない。


「茜、体温は測ったか?」


「え? 私は大丈夫ですよ? なんか先ほどから地震が起きているようで足元が揺れてるんですけどね」


 それはめまいって言うんだよ!


「分かったから、どこからどう見ても体調不良だから部屋で寝てような?」


「え、だってお兄ちゃんの朝ご飯が……」


 俺の心配をしているようだが俺に心配をかけることは気にしていない様子の茜に少しだけイラッと心が毛羽立つ。


「お前の健康の方が大事だから部屋で寝てろ。今日は俺も休んで面倒は見るよ」


「マジですか!?」


「男に二言はない。だから頼むからおとなしくしててくれ」


「分かりました! 私、寝ます!」


 即物的というか何というか……承諾は得られたので俺は学校に休む連絡をしておいた。理由は二人で風邪をひいたからにしておいた。同居しているんだから風邪がうつるのは仕方の無いことと教師陣は納得してくれた。


「ではお兄ちゃん! 私は寝ますので看病の方はお願いしますね!」


 そう言いササッと部屋へと帰っていった。何の迷いも無い足取りに仮病を疑いたくなったが残されていた体温計に38.5と表示されていたので、たぶん高熱でテンションがおかしくなっただけだろう。しかしあそこまで意識に影響しているとしたらマズいかもしれない。


 俺は氷枕と冷却シートを一袋出して茜の部屋に向かった。コンコンとノックすると『どうぞ!』という元気のいい声が聞こえたので、本当に仮病なんじゃ無いかと思えてしまう。


「ほら、寝てろ」


 上半身を起こしている茜を寝かしつけて頭にシートを貼り、タオルで包んだ氷枕を頭と枕のあいだに差し込んだ。


「ふぇ……気持ちいいですね……」


 顔が火照っているあたり、やはり熱があるのだろう。


「やっぱり熱かったんだろう? しばらく冷やしておけ」


「?」


「え、なんだ?」


 茜は俺の方を見てため息をついて言う。


「私はお兄ちゃんが私のために努力してくれているのが気持ちいいのであって、別に病気とかは割とどうでもいいです」


「仮病かな?」


「まさか! そこまではしませんよ」


 そう言ってクスクス笑っている。俺は茜には敵いそうもないな。結構な性格だし、駆け引きは俺よりよほど上手い。同い年のはずなのに茜はとても俺より老獪に見える、老獪なんて言ったら怒るだろうが、実際に海千山千と言った言葉が当てはまりそうな性格だ。


「ところでお兄ちゃん」


「なんだ?」


「冷却シートだとタオルを絞っては乗せてくれるという定番の看病イベントが起きないんですけど?」


「そんなことを考える余裕があるなら安心だな」


「お兄ちゃんは乙女心を理解していませんね」


「その前に病人の心理を理解してないお前が言うな」


 ここまで元気なら俺がするべき事は無いのかもしれないが、学校を休んだ手前看病くらいはしておくのが道理というものだと思う。少ししたらシートが温くなったというので貼り替えてやったりもしたが、特別不調というわけでもなさそうなので看病も気楽に出来た。


 そんなことをしていると昼が来たので昼食を作ろうと部屋を出ようとすると袖を掴まれる。


「お兄ちゃん、ここに居てくださいよ……」


「昼飯を作るだけだよ。食べないと元気にならないぞ」


「けち……」


 その言葉を話半分に訊きながら部屋を出てキッチンに向かう。メニューはもちろんお粥だ。病人ならお粥というイメージもあるが、一番の理由は作るのが難しくないからだ。幸い炊いてあるご飯を冷凍したものがいくらか残っていた。材料もあり作るのが簡単なら選択肢はこれ一択だ。


 鍋でお湯を沸かして出汁を入れご飯を解凍して放り込む少し煮込んで完成。そこで自分の食事分までお粥にしてしまったことに気がついた。たまにはいいかな……


 二人分のお粥を持って茜の部屋に行く。ドアを開けると笑顔の茜が待っていた。


「お兄ちゃんの手料理ですね!」


「本当、病人とは思えないほど元気だな……」


「それはもう、お兄ちゃんの手料理が食べられるのに落ち込んだりするわけないじゃないですか!」


「ご期待のところただのお粥だがな」


「お兄ちゃんが作ったという部分が重要ですからね、メニューは些細なことに過ぎません」


 割り切っている茜に茶碗を一つ差し出し、俺も自分の分を食べ始める。


「お兄ちゃんもお粥なんですね?」


「よくよく考えたら俺はお粥でなくてもよかったんだが……作ってから気づいた」


 茜が笑いをこらえているのがよく分かる。俺もマヌケなことをしたものだ。


「お兄ちゃんのそういうところ嫌いじゃないですよ?」


「それはどうも」


 そして二人でお粥を食べたのだが、食事が終わったら茜は元気そうにしているので看病の必要性を疑いたくなるほどだった。


 そして午後は微睡みに身を任せて床に倒れるように寝てしまった。気がついたとき何故か茜に膝枕をされていたのだが、看病する相手に膝枕されるなど情けないのもいいところだと思った。


「あら、起きちゃいましたか。残念……」


「いや、病人なんだから寝てろよ……何を膝枕してるんだ……」


「お兄ちゃんが私の部屋で寝るとか今後あるかどうか分からないイベントですから! 風邪なんていつでも引けますがお兄ちゃんが看病してくれる保証は無いんですよ!」


 やれやれ……


「また風邪をひいたら次も看病してやるから寝てろ」


「はぁい……」


 そして夕暮れをすぎ、家族が全員揃うまで茜は俺の手を握って寝ていた。いや、実際に意識が無かったのかは不明だが、目を閉じて安らかな表情をしていたのできっと寝ていたのだろう。


 残りの看病は両親の仕事と言うことで俺は晩飯を適当にありもので済ませ、ようやく自分の部屋で眠ることができた。

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