第7話「一緒に下校」

「おにーちゃん! 一緒に帰りましょう!」


 クラス内で少しざわつきが起こった。茜が突然俺にそんなことを言い出したからだ。そして少しして最近俺と茜の名字が一緒になったことからデリケートな問題と判断して、皆が静かに配慮してくれた。クラスメイトの配慮に感謝しておこう。


「分かったって、どうせ帰る場所は一緒なんだからそうせっつくなよ」


「いいじゃないですかー! 私が帰ろうって言ってるんだから一緒に帰りましょうよ!」


「分かってるって、ちょっと待ってくれよ」


 鞄に机の中身を全部突っ込んで手に持ったところでもう片方の手を茜に取られて教室を出ることになった。何もいわれなかったことは確かなのだが、好奇心を隠すことはあまり上手ではなかった。それはしょうがないことだし配慮してくれただけで感謝はしてるけどな。


「じゃあ帰りましょう、私たちの家にね!」


「わざわざ誤解を招くような言い方するなよ……」


「さっきの私の発言に一部であっても虚偽がありましたか? 私たちの家という表現が間違っていますか?」


「お前、知らなかったけど案外いい性格しているな」


「褒めても何も出ませんよ?」


 これを褒め言葉と取れる無敵のメンタルは見習いたい。


「お前、行間を読むって知ってる?」


「お兄ちゃんのお気持ちならしっかりと分かってますよ」


 案外図太い性格をしているな。デリケートである必要は無いけれど、他者を慮るくらいのことはしてもいいのに……


 そこで俺は学校の廊下で漫才じみた会話を続けていたことに気がついた、これじゃあいい見世物じゃないか。


「帰るぞ茜」


「そうですね、『私たちの家』に帰りましょう!」


「そこは意地でも譲らないんだな……」


 俺も細かい発言にこだわってもしょうがないな。家族なのだから一緒に同じ家に帰るのは当たり前か。何も恥じるようなことではない……と思う。


 そして校門を出たところで茜が俺に話を切り出した。


「お兄ちゃん! 放課後なので私に少し付き合ってくれませんか? いいですよね? まさかダメとはいわないですよね? というわけで行きましょう!」


 そう言って俺の腕を掴んで引っ張る。俺は早く帰ってのんびりしたかったのだが、今までの短い期間でもこのお願いを断ったら自宅での平穏が保証されないことくらいは理解したので引かれるがままに歩いた。


 そうしてたどり着いたのはファミレスだった。何故ファミレス? という疑問は浮かんだものの、なんとなくだがコイツ何も考えてないなと俺の直感が告げた。


「よしよし、地方の高校生らしいデートスポットですね」


「デートだったのこれ!?」


 キョトンとした顔の茜が俺に語りかけてきた。


「お兄ちゃん、男女がこうして一緒にお出かけすることをデートと言わずしてなんだというんですか?」


「家族でファミレスに来ただけのような気がするんだが……」


 茜はしばし沈黙した。


「まあそれも一つの捉え方ですね。お兄ちゃんが私を家族と認めてくれるのは嫌いではないです」


 納得はしたようだ。基準が分からないが家族というのは納得のいく関係性らしいことは理解できる。たとえ出会って僅かな時間でも家族になるにはまったく関係の無いことだ。茜が家族としての絆を深めようとしているのなら俺に断る理由は無い。


「お兄ちゃん! 私はパフェを頼みますが一緒に食べませんか?」


「俺は肉が食いたいんだが……」


「お兄ちゃん、デートでそんなガチめの食事をしてどうするんですか? 私がパフェを頼んだんだからお兄ちゃんもスイーツで揃えるのが礼儀でしょう?」


「そんな礼儀は知らないし、お前はマナー講師にでもなったつもりか?」


 いかにもマナー講師が創作していそうな礼儀だなと思う。つーか家族での食事に配慮がそんなに必要だろうか? 少なくとも俺は気にならない。


「じゃあ私はパフェで、お兄ちゃんはケーキでいいですね?」


「じゃあそれで注文しようか」


 呼び出しボタンを押して注文をしておいた。ついでにドリンクバーを二人分茜が追加していたが、おそらく食事だけだとあっという間に終わるのでドリンクバーで粘るつもりなのだろう、セコいとは思うが実際金がないので許して欲しい。


「ストロベリーパフェとストロベリーケーキお待たせしました」


 ぺこりと頭を下げて『ごゆっくり』と言って給仕さんはさがった。ここでの『ごゆっくり』には『食べ終わったら空気読んで出ろよ』という圧力をどことなく感じてしまった。被害妄想なのかもしれないがドリンクバーで粘るのは気まずい行為ではないかと思う。


「お兄ちゃん! あーん」


「分かったよ……」


 俺は茜の差しだしたスプーンをくわえた。断ると永久ループになる質問だろうと直感で判断した。しかも断る度に機嫌が悪くなりそうだから恥ずかしがろうがさっさと食べた方が早い。


「お兄ちゃん、やっぱり二人で食べるパフェはいいですね!」


 俺のくわえたスプーンを平気で使って食べていく茜。俺は自分のケーキに集中する。対面から『私にもわけて』オーラを感じるのだがあえて無視した。さっきパフェを食べたんだからそれでいいだろ。調子づかせるのもどうかと思う。


 そうして食べ終わったところで茜はドリンクバーに向かっていった。俺は水を飲んで口の甘さをさっぱりさせたところで追いかける。


「ブラックコーヒーでいいかな……」


「お兄ちゃん、そこは妹とシェアできるものを選択しないんですか?」


「飲み放題をシェアする合理的な理由を教えてくれるのか?」


 茜はコーラを注いで席に戻る。俺の方は豆を挽いてドリップされるのを待ってコーヒーを持って席に戻る。


「お兄ちゃんは誰かを好きになった事って無いんですか?」


 唐突な恋バナにどう答えていいのか悩んだが、正直に答えておいた。


「俺は自分の性格の悪さくらい知ってるんでな、そういうのはがらじゃないんだよ」


 前にイヤホンをつけて机に突っ伏して微睡んでいたところ周囲の女子が俺を寝ていると判断してその場にいないやつの悪口を延々言っていた。人の内面など分からないものだし深い関係は望む気がしない。


「そうですか、悪くない答えですね」


 何やら頷いているのだが、俺も会話するようなことも無くなった、その時丁度コーヒーもコーラも飲みきったので席を立つことにした。茜は不満げだが、ドリンクバーでいつまでも粘れる強靱なメンタルを俺は持っていない。


「一二〇〇円になります」


「はい、これで」


「一二〇〇円丁度頂きました、レシートは必要ですか? 結構です、ごちそうさま」


 そしてファミレスを出たのだが、そこで茜が俺にまくしたてる。


「お兄ちゃん! ここは私も払うべきだったと思いますよ! ショートケーキよりパフェの方が高いんですからね?」


「そこはまあアレだ、年上が奢るのは当然だろう?」


「数ヶ月じゃないですか」


 そうは言ったものの、茜は楽しげだ。


「お兄ちゃん、一つ言っておきます」


「なんだ?」


「そういう優しさを見せるのは私だけにしてくださいね?」


「安心しろ、クラスメイト程度の関係性で奢ってやるほど金は無いんでな」


 茜は頷いて納得をしている。俺は女心というやつは理解しがたいと思っていたが、妹はそれを遙かに上回るほど理解できないのだろうと学んだ日になった。

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