第6話「退屈……であって欲しかった日曜日」

 日曜日、完全週休二日制で働いている人も普通に働いている人も、学生もニートも等しくおやすみになる日だ。そんな日に特別なことがピンポイントに俺を狙って何かが起こるはずがない。


「お兄ちゃん……くふふふ」


 そう、俺が何か起きていることを確認しなければそれはまだ何か起きたとは断言できないのだ。だからたとえ日曜朝ニチアサに目が覚め、目を閉じたままの状態なら隣で何か柔らかいものがあり、それからなまめかしい声が出ていても何かが起きているとは断言できない。俺はただ単にぼんやりと休日の朝に寝ているだけだ。これももしかしたら夢なのかもしれない。


「そこ……わ! らめぇ……」


 俺はイヤホンをはめてASMRをかけながら寝ただろうか? そんなことがあるのかもしれないな。でなければ俺の耳元で少女の声が響いてくることに説明がつかない。


 俺は部屋のスマートスピーカーが寝言に反応したのだろうと決めて目を開けないことにした。聞き覚えのある声が妙に色っぽくなったりしているような気がするが気のせいだな。


「おにいちゃ…………ん」


 ようやく声が静かになった。それと共に柔らかい感触が俺の腕から離れて布団の中に少しの冷気が流れ込んできた。


 ガチャン


 ドアの開閉音がしっかり聞こえたのを確かめて目を開けた。やはりスピーカーから音は鳴っていないし、耳に外し忘れたイヤホンが付いていたりはしない。さっきまで隣にいた物が何であったか考えようと思ったが、全ては夢ということにしておこう。なんだか温かな夢だったなあ。


 さて、朝食にするかな……今何時だっけ?


 時計の方を見ると針は六時を指していた。やはり寝起きの時間は夢を見るんだろうな! 眠りが浅くなると夢をみるって説もあるしな!


 無理矢理自分を納得させて朝飯にする。めんどいし食パンにバター載せて焼けばいいだろう、糖質と脂質の塊をとっておけば餓死するようなことはない、俺の理論ではそうなっている、カロリーは正義だ。


 部屋を出てキッチンに行くともうすでにパジャマから着替えている茜が待っていた。テーブルの上にはご飯と味噌汁と目玉焼きが置いてある、朝早くからマメなやつだな。


「おはよう」


「おはようございます!」


 元気がいいな、俺は寝起きにそんな元気のいい声を出すことができない。茜がコーラスレベルの声を上げたとすれば、俺の声はゾンビのうめきレベルだ。


「お兄ちゃん……その……」


「なんだ?」


「いえ、なんでもないです」


 顔を赤くして顔をそらしていた。もはや深く考える気にもならないので食パンを袋から取り出そうとしたところで手を掴まれた。


「お兄ちゃん、妹が作った朝ご飯を食べるべきだと思いますよ!」


「え? アレって自分の朝飯じゃないのか?」


 茜は首を振って俺をテーブルまで押していった。


「お兄ちゃんのために必死に作った朝ご飯です! そのつもりで食べてください!」


「分かったよ、今後のために言っておくがあんまり無理な早起きしてまで作らなくてもいいからな? 俺だってパンくらい焼けるんだからな」


「お兄ちゃんの料理レベルが低いのはよく分かりました。あんまり不健康なメニューを続けるのはやめてくださいね?」


「大丈夫だよ、なんならネトゲで料理を食べただけで腹が膨れたような気がするくらいだぞ!」


「どこが大丈夫なんですか……死にますよ?」


 マジトーンで反論されてしまった。俺だってたまには料理もするが自分しか食べないものに熱心になれないんだよ……


「と、とにかく朝ご飯だったな! これを食べていいのか? 一人分しか無いみたいだが」


「私はお先に食べましたよ。まさに朝飯前ってやつですね!」


 何か上手いことを言ったという顔をしているが、ただのギャグでしかないだろ……本人が満足しているならまあいいや。


「いただきます」


「どうぞ」


 一口ご飯を食べるとそれがとても美味しいものに思えた。たぶん今まではロクに『味わう』ということをしていなかったからだろう。食事というのは確かに美味しいものだったはずなんだ。今まで一人で味気ない食事を当然と思っていた、しかし食べるということは確かに意味のあることなのだろう。


「美味しいな」


「そうでしょう!」


 ドヤ顔をしている茜だが、この味なら実際ドヤ顔くらいしてもいいだろう。そのくらいしっかりした食事だ。


 そうして一々食事の味を噛みしめながら食べ進んで最後の一口の卵焼きを食べ終わってから『ごちそうさま』と言った。


「お兄ちゃん、ご飯は美味しかったですか?」


「ああ、とっても美味しかったな」


「ヨシ!」


 そう言って拳を握りしめている茜を見ながら俺は食器を洗った。上機嫌の茜は俺の方を向いてスマホを弄っていた。ソシャゲの周回でもやっているんだろうか?


 カシャ


 その音は小さく、聞き逃しそうな音だった。とてもよく聞いたことのある音のような気がするのだが、俺には何の音か分からない。ソシャゲのガチャの音だろうか? あんな音が出るようなアプリがあっただろうか?


 全部洗い終わって食器棚に並べて片付けは終わった。新鮮な食事を久しぶりに食べ終えた。その後茜は俺に話しかけることはほぼ無かったのだが、それがなんだか不気味に思えたのは気のせいだろうか?


 その日はグダグダしながら過ごしたのだが、その間やたらとカシャカシャ音がした。一体なんの音だっただろうか。


 そして日曜日が終わりつつあるところで茜は自室に逃げるように急いで籠もっていった。俺もなんとなく最近突然で来た家族と一家団欒を簡単にはできないので部屋に逃げてしまった。


 そして俺は寝る準備をしてからふと気がついた。


「そういやデイリーもウィークリーも石をもらってなかったな……」


 ついつい朝から変な夢を見たせいで自分のソシャゲの周回を忘れていた。アプリを起動させてっと……


『ログインボーナス!』


 その音声と一緒にログボの石がヒロインから送られてきた。これで十連分くらいにはなったな……さて、回すべきだろうか?


 石がたまったなら回すべきという考えと、お気に入りのキャラが後々実装されるかもという考えのあいだで揺れてしまう。ソシャゲでは案外よくあることだから困るんだよ。


 俺はガチャのページを見てピックアップがお気に入りの青髪のキャラであることを確認してガチャを回すと決めた。


『マスター、召喚ですね!』


 そういうボイスと共にガチャが回っていく。九回目までノーマルが続き、十連の最低保証のレアかなと思ったところで召喚陣の色が七色に光り出した。お、SSR演出だな。


「わ! ここはどこですか!?」


 そのボイスと共にピックアップキャラが出てきた。順当にピックアップが来たか、すり抜けかと思ったのだが少し意外だ。


 そしてキャラの画像が表示されたので俺はSNSにアップロードするためのスクショを取ろうとボタンを押した。


 カシャ


 今日、無数に聞いたような気がする音が鳴った。ああ、あの音はスクショの音か。しかし茜は何故あんなにスクショを取っていたんだ? いや、そもそもこの音はスクショ以外でも鳴ったような……あ! 写真……


 俺はその可能性と、俺の方を向いていたスマホから導き出されるシンプルな結論にたどり着きたくなかった。何しろ時計の分針が動く度に音が鳴ったような気さえしたのだから……

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