第5話「田舎特有のやたら大きいショッピングモールでお買い物」

 駅に着くと電車が来るまでしばし待たされる。暑くも寒くもない時期なのでエアコンのないホームで電車を待っていても辛いことはない。


「お兄ちゃん! コーラとウーロン茶はどっちがいいですか?」


「コーラを頼む」


 パシらせたいわけではないのだが、駅に着くなり自販機を見つけ、「飲み物を買ってきますね!」というが早いかさっさと行ってしまったので帰ってきた茜からコーラを受け取り財布を出した。


「駅の自販機なんて使わないんだよな……いくらだった?」


「まあ後でいいのでとりあえず飲んでください。ぬるくなりますよ?」


「それもそうか」


 プシュとキャップをひねって開けた。ゴクリと飲むと駅まで歩いてくるのに消費した血糖値が回復するような気分になる。


 二口くらい飲んだところで横から伸びている手にボトルを奪われた。


「え?」


「お金はいいですよ、シェアするものに一々お金を払ってもらわなくてもいいですから」


 茜はそう言って躊躇うことなく残りのコーラを飲み干した。いや、もうちょっと……ためらいとか恥じらいというものは無いんですかね?


「ところで行き先はエーオンモールだよな?」


「そうですね、少々雰囲気には欠けますがそこくらいしか無いですしね」


 酷い言われようだ。確かに電車で向かうとすれば選択肢は多くないので当然と言えば当然なのだが。


「家族で買い物をするのに雰囲気って大事か?」


 その疑問に対し茜は椅子に座ったまま目をそらした。女の子というものはよく分からないな。


 ピー


 やかましい電車の到着音が鳴る。正確には電車ではなく汽車なのだが、ともかく列車が駅に着くようだ。ここは次の列車を気軽に待てるほど都市部ではない、乗り損ねたら次は三〇分後だ。


 ホームでまばらな列に並んで二人で待つ。まあ他の人なんで数人しかいないわけではあるが、とにかくホームに来た列車に乗り整理券を取る。二輪免許を持っている原付通学勢には気にしなくてもいいのだが、あいにく俺は免許を持っていないので移動手段は電車だ。


 乗り込むと明らかな不採算路線らしい光景が広がっており、特に誰を気にするでも無く、席に座っても何の問題も無かった。向かい合ってボックス席に座りガラガラの車内を見渡す。不採算路線の将来に不安を抱えつつも茜と話し始めた。


 学校での何気ないこと、くだらないメッセンジャーでのやりとり、それからソシャゲと話題が移っていくうちに電車がようやく目的の駅に着いた。しばらく歩けばエーオンモールだ。


 涼しい風景の中を歩いていると茜が手を繋いできた。


「ほらね、知ってる人は誰もいないんだからこんな事をしても自然でしょう?」


「家族で手を繋ぐくらい当たり前……じゃないか?」


「そうなんですか? そうでしょうか? そんな気もしてきますね……」


 納得した様子なのでそのまま歩いていくと、地価が安いのいいことに大量の土地を使った大型ショッピングモールが見えてきた。ゾンビが出るならこういったところに逃げ込むのだろう、もっとも、日本のショッピングモールに耐ゾンビ用のショットガンなど売っているはずもないのだが……


「じゃあお兄ちゃん! 早速本を買いに行きましょう!」


「買い物って本かよ……ヌマズンで買えよ……」


 書籍なら通販だよな、ポイントも付くしその辺のコンビニで支払いが出来る。


「まあまあ、実店舗というのもいいものですよ? 通販だと最近は買い占めが酷いですからね」


「まあなあ……レアでもなんでもない本が突然値上がりしたりしてるもんな……」


 買っていた雑誌が一ヶ月だけおまけ目当てに売り切れていたりするのは悲劇でしかない。茜にも通販では買えない本があるのだろう、案外そういう本は最近多い。


「お兄ちゃん! 行きますよ!」


「分かったから焦るなよ……」


 そうして連れて行かれた先の本屋で茜は迷うことなくラノベのコーナーに行った。それもBLとかではない一般オタク向けのラノベのコーナーだ。どれだけ鋼のメンタルをしているんだと恐ろしくなりさえするものの、気にすることなく茜は作品を吟味している。


「お兄ちゃん、『お兄ちゃんと百人の妹』と『ブラコン妹は兄を思うがままにする』のどっちがいいと思いますか? ちょっと両方買うくらいのお金はもって無いんですよね……」


 そんなもの俺に相談されても知らんがなとしか言えないのだが、妹からの質問だ、真摯に答えようじゃないか。


 とりあえず俺はどっちのタイトルも内容を知らない、その時点で相談されても困るだけなのだが真剣に悩んでいる茜にそんな現実的なことも言えない。俺は考えた末に結論を出した。


「一冊俺が買ってお前に貸すよ」


「マジですかお兄ちゃん!?」


「別に一冊買うくらいの金はあるしな」


「じゃあお兄ちゃんはこちらを買っておいてください! これネットだとプレミア価格が付いてるんですよねー」


 妹モノがプレミア価格で売られるのか、日本という国は宗教観がガバガバだと時折言われているが、古事記の時点でアレなので案外納得の事実なのかもしれない。


「ふっふっふ……お兄ちゃんが妹モノを持っている姿を是非とも皆さんに披露したいですね」


「頼むからやめてくれ……」


「顔を隠すので陰スタグラムに乗せちゃダメですか?」


「どうして進んでネットにデジタルタトゥーを残そうとするのかなあ!」


 怖いんですけど……同じ若者なのにネット上に顔出しするのに躊躇しないって蛮勇のような気がするんだけどな。


「満足いったか? じゃあ帰るぞ」


「お兄ちゃんは情緒というものが無いんですか? 普通こういうお買い物は商品を買った後も二人でキャッキャするのがメインのイベントじゃないですか!」


「そんな裏事情は知らんよ」


「えー……せっかくだからぶらぶらしていきましょうよ!」


 俺はスマホを取り出して鉄道の時刻表を表示する。


「次のを逃したら一時間待ちなんだよ、帰るぞ」


「はぁい……」


 渋々ながら納得してくれたので俺は茜に手を引かれたまま何とか次の列車に間に合い帰宅することが出来た。なお、茜はずっと手を離さず電車の中で「お兄ちゃん……らめでしゅよう……」などとエキセントリックな寝言をかましていたので本当に同乗者がいない不採算路線でよかったと思った。


 帰宅して茜に一冊渡し、俺は自分の部屋に戻った。その後、両親ともに帰ってきたので「今日の用事って何だった?」と聞いたところ何故か話が通じないので俺はキツネにつままれたような気分だった。

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