第2話「兄妹での登校」
「おにーちゃん!
「そう急かすな、どっかの神父じゃないんだからさ」
「酷いですよ! カソリックの連中は兄妹での恋愛を認めてないんですよ!」
ヴァチカンに喧嘩を売るのは程々にしておこう。つーかプロテスタントも認めてねーだろ。コイツ、自由人にもほどがある。朝っぱらから元気なことで、仄暖かい空気の中でぴょんぴょんする妹を見ていると癒やされるなあ……
「お兄ちゃん、いきますよ!」
口うるさくなければ人気が出るだろうなとは思う。
「俺は体力が無いんだよ……」
げんなりしながら言う。実際昨日の夜にスマホを弄っていたらレスバになってしまい安眠することが出来なかった。傍目から見れば高校の入学に緊張しているように見えるのかもしれない。実際は俺の渾身の書き込みに『顔真っ赤』とレスしたやつが悪い。あいつのせいですっかり寝不足だ。
「ほら! こうすれば元気が出ますよ!」
俺の腕に抱きついてくる茜、何をどうすればそういう発想になるのかは分からないがとにかくそういうものらしい。この前妹になったばかりというのに距離感がおかしいような気がする。仲が悪いよりはずっと良いことだけどさ。
「お兄ちゃん、せっかく妹が抱きついたんだからもっと嬉しそうな顔をしてください!」
その自信はどこに根拠があるのだろうか? なんにせよ入学早々男女で腕を組んで歩いている様は非常に目立つ。ついこの間まで関係性のなかった男女が突然兄妹になったからといって何が起きるわけでもないだろう。
もう校門が見えてきたので俺たちを見ているのは生徒ばかりになってしまった。兄妹なんだからやましいことはないのだけれど、それでもやはり視線が痛い。
なんだか高校までの桜並木も茜が妹になってから色を濃くしたような気さえもしてくる。人間の感覚なんてそんなものだし、なんなら桜なんて一々気にもとめていなかったのに、妹がいるだけでそれがなんだか特別な物のように思えてくる。
校舎に入るとチクチクとした視線を感じたのだが『お兄ちゃん! いきますよ!』の一言で幾分か視線がやわらいだような気がした。
「ねえねえ! 羨望の視線を感じますねえ! 心地いい視線です」
「私怨の混じった視線を心地いいってお前いい根性してるな……」
「なんで私怨が混じってるんですか?」
「そりゃ……」
お前が可愛いからだろうと言う言葉は飲み込んだ。言ってしまうとトラブルになるような気しかしない、コイツ無自覚系美少女なんだよな。あるいは俺たちの関係性が兄妹じゃなければ俺も思うところがあったかもしれない。
「ほらほら、細かいことは放っておいて教室に行きますよ!」
教室に行く前に絡めた腕を放してくれと言おうとしたのだが、力強く引かれたため腕を組んだまま教室に入ることになった。案の定クラスから注目を浴びることになった。
ガヤガヤ言うクラスの中で俺は自分の席に座る。何かの大いなる意志があるとしか思えない並びで俺のとなりは茜の席だった。
「お兄ちゃん、兄妹になってみるとやっぱり気分がいいですね! となりにお兄ちゃんが居るとか最高じゃないですか!」
「そうかい、それは良かったな」
平然流して授業の準備をする。一時間目は英語だったな。
教科書と辞書と参考書とノートを出して……隣から声が上がった。
「あっ! 辞書を忘れちゃいました!」
宿題の話ならスマホを使えと即答するところだが、さすがに授業中にDeepLも使えるスマホを使えというのはチートだろう。
「ほら、読むか?」
俺は隣と席をつける、茜は俺に体を寄せて中央に辞書を置いた。
ガラッと教室の戸が開いて英語の教師が入ってきた。
「よーし、今から始めるぞ! ああ、旅籠兄妹はなんでくっついてるんだ?」
「私が辞書を忘れたからでーす!」
教師はため息を一つついて俺たちに声をかける。
「電子辞書でもいいから忘れるなよ」
そして授業が始まり、二人で辞書を引きながら無事に一限目を過ごすことが出来た。
一限目、多少の注目を浴びつつも差し障りなく授業は過ぎていった。これは男女交際ではないのでまったく問題無いと判断してもらえたのだろう、ありがたいことだ。
それからはお昼になるまで何事もなく授業は過ぎていった、体育で俺は組む相手がいなかったので多少苦労したくらいだろう。ぼっちはこういうときに困るんだ。しかし、体育は着替えが休憩時間になるのでイヤホンをつけてアニソンを流しながら寝る必要が無いのは怪我の功名というやつだろうか。
そして午前の授業が終わり、昼飯に購買にパンを買いに行こうとしたところで隣から声がかかった。
「お兄ちゃん! どうぞ!」
そう言って弁当箱が差し出された。俺に弁当を作ってきてくれそうな人間は一人しか心当たりがない、目の前に置かれた箱と、楽しげに俺の前に椅子を動かしている茜が座っていた。
「弁当……?」
「そうですよ! まずはお兄ちゃんの食欲に訴えかけようと思いまして」
「それは結構な話だな……いつ作ったんだ?」
「もちろん五時起きですよ! お兄ちゃんと初めて一緒に食べるんだから気合い入れて作りましたよ!」
「じゃあありがたくもらうよ」
「はい、一緒に食べましょうね」
そういう笑顔は可愛いのだが五時に起きてもらうのは悪いような気がした。それでもこれを作ってくれた努力を否定したくはないので俺は声を上げなかった。
そうして二つの弁当箱を並べて一緒に蓋を開けるとそこには、卵焼き、唐揚げ、ソーセージと野菜の一切入っていない――コメを野菜に入れなければだが――弁当が入っていた。健康だの彩りだのに考慮の欠片もない俺が好きなものを全部ぶち込みましたという内容だった。
「美味しそうだな」
「でしょう!」
一口目に唐揚げを囓ってみた。冷めているというのに中はジューシーで、やや辛めのソースがかかっているせいで、まるで揚げたてのような錯覚を覚える。
「その様子だとご満足いただけたようで」
「ああ、美味しいよ」
茜は胸を張っているがそれだけこの弁当は美味しかった。健康にいいかと言えば間違いなく良くはないだろうが、授業で脳を酷使したので脳髄がカロリーを欲していた。そのタイミングでこんなものを出されては文句のつけようが無い。
そこではたとクラスを見回すと何故か俺に……いや、俺たちに注目が集まっていたような気がしたのだが、すぐに普通の空気になった。
「お兄ちゃん、どうかしましたか?」
「……、いや、なんでもないかな」
釈然とはしないものの付き合いの浅い人たちに目をつけられるようなことは無いはずだ。
「ふふふ……やはり私とお兄ちゃんのカップリングはそそるんでしょうね……」
「何か言ったか?」
「いえ、お盆に薄い本を買いに行く人たちの性癖を少し歪めたかなと思っただけです」
……?
「よく分からないな……」
「お兄ちゃんはピュアな心を忘れないでくださいね? いえまあ多少趣味がアレでも私は理解がありますがね」
もごもごと言いにくいことを言っているような茜を差し置いて俺は米を口に含んだ。米は野菜だからカロリーはゼロだな!
「ごちそうさま、美味しかったよ!」
「そうでしょうそうでしょう! よければ毎日作ってあげてもいいんですよ? なんなら一生作ってあげても……へへ」
「はいはい、毎日は大変だろうし昼飯くらいなんとかするよ」
茜は不満げになりつつも今日の昼食は満足いくものだったようで食べ終わってから幸せそうな顔をしていた。
「ではお兄ちゃん、お弁当箱をください」
「え? いいよ、帰って洗っておくよ」
「いいえ、
その迫力に負けて食器は全て返すことになった。洗い物くらい出来るのだが、俺はダメ人間だとでも思われているのだろうか?」
そして微睡みながら午後の授業を終えて帰宅した。茜は部屋に入っていき俺も部屋で漫画を読んでいた。何故か隣の部屋からバタバタ音が立っていたのでノイズキャンセリングイヤホンをつけて読書を続行した。
その日の夕食も茜の力作だったのだが、何故か俺の方を恥ずかしそうに見ている茜を怪訝に思いながら美味しい夕食を食べることになった。
食べているときに気がついたのだが、この箸は弁当と一緒に持ってきていたやつか……食器くらい用意しないとな。
そこではたと気がついたのだが、よく見てみると箸は同じ製品の同じ柄であるはずだが、何故か新品だった。それまで荒っぽく食事を食べていた箸だったので傷も付いていたはずなのだがこれはまるきり新品だ。
俺は無くなった一膳について、特に考えなかったのだが、よく見ると何故か茜の視線が俺ではなく手元の箸を見ているような気がしたのだった。
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