第4話 除霊デート前半戦
――アタシと付き合ってくれない?
美少女から告白されるなんて無論俺の人生で初めてのことだった。未だ十六年と少しの短い人生だが、そんな貴重な機会がこの先の人生に待っているとは思えない。しかしそんな淀淵の告白も、俺がいちごオレを吐き出したことで返事は有耶無耶になっていた。
――悔やまれた。
あのタイミングの悪い霊障がなければ、俺は何と返事をしたのだろうか。
俺は別に淀淵と付き合いたいわけではない。そりゃあ淀淵ほどの美少女と付き合えるならラッキーだ。男冥利に尽きる。例えフラれることが分かっていても、少しでも脈があると思ったなら一回くらい告白して置いた方が良い。淀淵には男子生徒をそんな博打に走らせるほどの魅力はある、と思う。男子生徒なら皆んなそのくらいは思っているはずだ。
だが、それはあくまでも彼女の完璧な容姿から受ける印象だ。淀淵が教室で放つ冷たいまでの無愛想さとか、彼女の纏う悍ましい霊気であるとか、彼女の人間性とかを度外視した、酷く他人行儀な評価であって――。
つまり、俺は淀淵のことを何も知らない。
告白を了承すれば彼氏となるのだ。その時はもう他人では無くなる。なのに、そんな無責任なことで良いのか。
俺は本当に淀淵を好ましく思っているのだろうか。
――思っていない。今のところ。
それが俺の真意だった。
俺が幽霊に感じているのは生理的な拒絶反応であり、どうしようもない。無理なものは無理だ。
でも断れないだろ。
だって相手は淀淵だぞ。美人で男好みのする体型で、物静かなのだって美徳である。本当に、尋常ならざる霊媒体質でさえなければ完璧なのだ。
下半身ではもう答えは決まっている。だがしかし、上半身の――特に頭と心では迷いが生じている。性欲と心理が相反する立場を取って、理性は機会と道徳に揺れている。
俺は悶々と葛藤を続けた。教室ではノートに要らない走り書きを書いては消し、帰り道では自転車のペダルを踏み外し、家ではひたすらに天井を見上げていた。
ふと気付くと、俺はスマホで除霊について調べていた。
結局のところ、俺が出した答えは『保留』だ。
――まだお互いのこともよく知らないし。そうやって告白の返事についてはお茶を濁していた。けれど、前向きには検討しているのだ。
イエスでもノーでもない曖昧な返事。そうやって淀淵を揺さぶり、何とか告白の次の週にはデートにまで漕ぎ着けたのだ。我ながら童貞にして良くやった。凄い、俺。
このデートはつまり除霊デートである。
このデートでどれだけ淀淵の厄を落とせるか。除霊なんて全くの素人だから出来るかどうかなんて分からないが、やるしかない。
***
俺と淀淵がやって来たのは大型のショッピングモールで、名目上は映画館デートだ。見るのは『君が泣いた理由』という恋愛映画である。俺は恋愛映画自体を一度も見たことがなく、この映画を見たいと言ったのも淀淵である。
二人の初デートということもあってか、淀淵は教室での揺るがない鉄のキャラクターが崩れている。
黒色のショートパンツの下にストッキングを履き、足には黒檀色の上げ底ブーツ。上半身にはシルエットの緩いパールホワイトのパーカーを着たカジュアルな私服である。
「ほら、早く行こ?」
俺より先に走って行っては振り返って髪を翻し、何時もの黒いロングヘアから偶にキラキラ光るイヤリングが覗く。上履きとブーツの歩く加減が異なる所為か、気持ち小走りで飛ぶように歩く姿は、いつもよりも二割増しぐらいで少女っぽい。
そして彼女を取り巻く陰気なオーラでさえも、休日のショッピングモールの人の群れに興奮しているのか、生き物の触手みたいに動き回っている。すれ違う人に触れてみたり、その先端が千切れて別の人間に入り込んだり。
だから俺からすれば元気に先を走ってくれるのは助かった。
「まだ一時間ぐらいあるね」
ウキウキな様子の淀淵がチケット売り場から走って来る。当日にチケットを取った結果、上映開始まで未だ時間があった。しかし俺にとっては好都合である。
今日のデートをショッピングモールとしたのには、ここでなら様々な除霊方法を試せると考えたからだ。
「適当に見て回ろうか」
「いいよ」
ポピュラーで、かつ簡単な除霊方法に衣類用芳香剤のファボレースを吹き付けるというのがある。本当に効果があるかは知らないが、インターネットで調べれば怪しげなスピリチュアルハウトゥに紛れて出てくる。見る限りではそれなりの支持を受けているようだ。
ただ、この方法はファボレースをかけるという動作の簡単さに比べ、他人へファボレースを吹き付けることのハードルが高い。
基本的には衣類や空間に対して消臭を目的に使うもので、人間にかけるとなれば、お前臭いよ、と暗に言っているようなものである。
そこで、家具屋、雑貨屋、電気屋なんかにあるオシャレな加湿器を利用しようと思っている。アロマディフューザーというヤツだ。
「アー、コレいい匂いするー」
お洒落なインテリア雑貨屋の店頭に都合良く置かれたアロマディフューザー。お洒落だし、スチームを出して目立つし、匂いもする。いかにもウチは商品ではなく、お洒落を売っていますみたいな感じになっている。
少々芝居掛かっていたが、女性はこういうの好きだろ。
「肌が潤うわあ」
俺はスチームを顔で受け冗談っぽく言った。
「観空って、アロマとか好きなんだね」
ふふふと笑って淀淵が近寄って来る。
さあ来い来い。
俺は後ろに下がって、特等席を差し出すみたいに「ささ」と加湿器の前を空けた。
「俺、割と好きかも。その匂い」
全くの嘘である。アロマは大体アロマだなあという匂いをしていて、そこに感動の違いはない。勿論、好みもよく分からない。もっと身近な芳香剤だってパッケージの説明を見るまでは何の匂いか分からないし、好みについても嫌いな匂いしか分からない。
「どれどれ?」
俺の通販番組然とした謎テンションに付き合ってか、淀淵も楽しげに芝居をする。
アロマディフューザーの放つスチームが淀淵を包む。
「でも、なんか落ち着くかも」
まんざらでもない様子の淀淵。こういうのをプラシーボ効果と言うのだろう。
そして、淀淵が纏う黒い触手は痙攣するみたいに小刻みに揺れている。これは――浄化?
――バタンッ。
間も無く触手は不気味にのたうち回り、抵抗するみたいに暴れて触手の一つが商品棚の箱を叩き倒した。
ダメージは与えられたぽい。しかし、オーラが小さくなることはなく、むしろ物体に触れるポルターガイストまで引き起こした。
――いや、怖ッ。
倒した商品が割れ物でなかったのが唯一の救いだ。
暫く思考停止していた俺を置いて、淀淵はお洒落の雑踏に紛れていく。
「つ、つぎ行こうか」
俺は震えた声で彼女を制止した。
だって皿やグラスなんかが置かれているところには、とてもじゃないが連れて行けない。
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