第29話 狩り

「魔物を探して、狩る……か。まぁ、言葉は通じるけど話が通じない相手と戦うよりはいいんだろうけども」と、トーマは隣を歩くユウコに話しかけた。イルゴル王国の装備を組み合わせて、トーマなりに音が出ないように工夫して着こなしており、自身がその気になればほぼ無音で動けるが、今は隠密に動くなどと考えていない。

「嘆きの石の話も聞いたし、イルゴル王国の平和な他種族の暮らしを見たんだもん。なんでもいいからとにかく魔石をゲットして経験値アップって訳にはいかないもんねー」ユウコは答える。トーマよりも軽装な装備で腰に片刃刀が入った鞘を下げた格好だ。ユウコもプレートアーマーの類は身に着けておらず、歩く事で音を出すような装備ではない。二人は森の中を歩いている。周囲に意識を向けながら。

「だけど、魔物ってなんなんだろな。ネフト王国では元の世界にもいる動物を何種類か見ただろ?犬とか猫とか馬とか。それらとは明らかに違う野生動物で、殺したら魔石が手に入る……、って、なんかよく分からないよな」

「ホントよ。魔石が受け入れがたい死を具現した嘆きの石だというのなら、死んでも魔石を生まない人間や家畜はまるで常に納得して死を受け入れているみたいだけど、そんな事は絶対にないし」

「だよなぁ。でも、ま。魔石を集めてシンノスケとタカコのスキルボードを進めて二人の協力魔法、帰還転移だったけ?を習得してもらってネフト王国に帰るってのは、悪くないアイディアだしな」

「魔石を嘆きの石だと思うと、魔物を狩るのも罪悪感があるけどね」

「まーな。でも、オレ達は生きる為に獣や魚の肉を食う。元の世界ではそれをあまり意識しなかったけど、肉を食うってのは命を奪ってるって事だしな。魔石を取る為ってだけじゃなくて、ちゃんと食ったり弔ったりする事まで視野にいれて狩ろうぜ」トーマは努めて明るく言い切り、ユウコに笑顔を送った。

「そうね。無意味に命を奪うのは、もう、やらない」ユウコは言った。


 森の中の少しひらけた平地に、残りの五人はいた。

「トーマとユウコなら、うまくやってくれるはず。彼らがここまで魔物を誘導してくれたなら、その時は、みんな、手筈どおりに頼んだよ」シンノスケが言った。

「魔物の注意を引きつけるのはオレ。とりあえず魔物がこっちに来たらゴローにヘイト上昇の魔法をかけてもらう」リュウキが言い、ゴローが頷く。

「私は、シンノスケが作った罠に向けて道を作るようにファイアウォールを作ったらいいんだね?」タカコが言った。「うん、頼むよ」とシンノスケは言う。

「トーマとユウコがケガをして帰ってきたら、すぐに治せるように私は準備しとく!」エレナが言った。「あぁ。エレナは隠れていてくれ。いや、オレ以外は皆隠れていてくれ」リュウキは言い、他の四人は頷く。


「ユウコ、こっちだ!」トーマはユウコの手を引き走る。「大丈夫か」走りながらトーマはユウコに声をかける。「ありがと。もう大丈夫。トーマ、先行して。あの場所はトーマの方が正確に覚えてるみたいだし」ユウコはトーマの手を放す。「ついてこれるな?」「もちろん」トーマが先行し、ユウコがそれを追いかける。その二人の後ろにはシゲルの三倍の体積はあろうかという魔獣が四つ足で走ってきている。体表に岩の様な質感の物を纏わせている熊のような生き物だ。額から一本の角を生やしているソイツはときおり低い唸り声を上げながらトーマとユウコを追っている。青々と生い茂った茂みの濃い部分を避け、地面がちゃんと見える獣道のような箇所を選んでトーマは走るが、後ろの魔獣は最短距離で二人に迫ろうと追いかけてくる。一瞬視界から消えたかと思ったら、茂みをガサガサと揺らして距離を縮めてくる。「もう少しだ。頑張れ!」トーマがユウコに声をかける。「うん!」息も切れ切れにユウコは答える。『ヤベエな。ユウコはもう限界だ』とトーマが思った時、「トーマ!ユウコ!そのまま真っすぐ!二十メートル先で左右に分かれて木に飛びついて!」とシンノスケの声がした。トーマの前方の木の上にシンノスケがいる。「ユウコ、聞こえたか。もう少しだ!」トーマがユウコを鼓舞する。そのまま真っすぐ走ると布が巻かれた大きめの木が目に入る。「ユウコ、あの布の目印がある木に登るぞ。オレは右、ユウコは左の木だ」「わかった!」それぞれが木に近づいてみると、幹には木の楔が打ち込まれていて、それが上がりやすい足場になっていた。二人はそれを足掛かりに一気にそれぞれの木に駆け上がる。追いかけて来た魔獣は木に登った二人を見上げ立ち止まった。そこにリュウキの声が届く。「こっちだ!オレが相手だ!」リュウキの身体から魔力の光が立ち上る。魔獣はリュウキを見、今までよりもより一層獰猛な唸り声を上げてリュウキに向かって走り出す。勢いよくリュウキに近づく魔獣。その刹那、両脇に炎の壁が立ち上がる。一瞬ひるんだ魔獣は速度を落としたがそのままリュウキに詰め寄る――魔獣にとっては詰め寄ったハズであった。が、魔獣がリュウキに到達する事はなかった。彼は地の底で串刺しになっていて、しばらくの後に、絶命した。


「ふー。なんとか討伐できたな」そう言ってリュウキは尻をついた。「リュウキは数秒囮になっただけじゃねーか」その横でゴローが言う。「うるせー。思っていたより大物でびっくりしたんだよ!」とリュウキは言い返す。「そして、コイツは魔獣……で間違いないだろうな。ただの野生動物とは思えない外観だしな。とりあえずアーマードベアとでも名付けようか?」落とし穴を覗き込みながらゴローは言う。「なんでもいいよ。とりあえずちょっと休ませてくれ」リュウキは大股に足を伸ばして地面に立てた後ろ手で上体を支えた体勢で言った。「今、一番休息が必要なのはトーマとユウコちゃんだよ、リュウキくん」とタカコが言う。

「そりゃそうだけども。しかし、この勝利はオレ達全員の勝利だ。みんな、お疲れ!」開き直ったかのようにリュウキは高らかに言い放ち、そのまま地面に仰向けに寝そべった。

「ま、そうだな」と、ゴロー。

「ま、そうだね」と、タカコ。

「私の出番がない事はいいこと、だよね。なにもしてないみたいで申し訳ないけど」とエレナ。

「みんなの勝利さ」リュウキは誰に言うでもなく、もう一度言った。

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