第28話 マス

「ただいまー。おつかれー」

 扉を開けながらシゲルは言い、前日に寝床としてあてがわれた部屋に入ってきた。すると、すぐに鼻腔に入ってくる料理のにおい。

「なんだ、美味そうなにおいが……。おぉ!美味そう!」シゲルの目に飛び込んできたのはそのにおいを発する物体、部屋の真ん中に置かれたテーブルの上を飾る数々の料理だった。

「おぅ、おつかれ。今日はシゲルの歓迎会だ。さっき、厨房を借りて作ってきたんだ。さぁ、食おうぜ!」クッカが笑顔でシゲルを迎える。

「まずは風呂じゃなくていいのかよ」シゲルは今にも料理にかぶりつきそうな顔で言う。

「バッカ!温かいものを温かい内に食ってこその料理だろうが!風呂は大事だが、美味しく食う以上ではない!」誇らしげにクッカは言った。

「クッカの食への情熱は素晴らしいんですよ。シゲルが来たことで思いがけずクッカの美味しい料理を頂けるなんてとてもありがたい」自分のベッドに座り、本を読んでいたらしいユレイヨは本を閉じてそう言う。

「ユレイヨ、オマエ、何本か持ってるんだろ?一本出せよ。歓迎会だぜ?」

「もちろんですよ」そう言って、ユレイヨはベッドの下から一本のガラスのボトルを取り出してテーブルの上に置いた。

「おお!ワインかよ!」シゲルは目じりを下げる。

「なんだ、シゲル、イケるクチか?」

「サイコーの歓迎会だぜ、クッカ。こんな美味そうな料理を! ユレイヨ、いいのかよ、ワイン、もらっちまって」

「ええ。一緒に楽しみましょう」

「サイコーなんて言うのは食ってからにしてくれよな。シゲル、食ってからそれ以上の褒め言葉を、オマエ、持ってんのかよ!」

「あぁ!そうだな。二人ともありがとう!さあ、食おうぜ」


「これ、美味いな」

「そうだろ? そいつはユジュー湖のマスだ。ユジュー湖のマスはサイコーなんだぜ」

「白ワインと良く合う」

「そうでしょう? クッカの料理のにおいをかぎながら、一番合うのはどれかとワクワクしながら考えていたんですよ」

「へー!ユレイヨはワインが大好きなんだな」

「ええ。ワインは芸術です」

 シゲルは二人と会話しながらハッと気づく。そしてクッカに聞いた。

「なあ、クッカ。この野菜はなんだ?」

「なんだ、シゲル、レタスも知らないのか? それとも苦手な野菜でもあるのか?」

「いや、そういう訳じゃない」シゲルはそう言いながらレタスをフォークで刺して口に運ぶ。確かなレタスの味と食感をシゲルは確認した。


 シゲルはシュマルカ神との邂逅を思い出す。『あの神は確かに言葉を通じるようにしてあげるだとかなんとか言っていた。そして、ネフト王国で過ごした中では同じ人間の世界と疑問にも思っていなかったが、なぜ、一般名詞が元の世界と同じなんだ? マス、ワイン、レタス? 似た生き物や文化の一般名詞がシュマルカの超常的な計らいによって通じるようになった、ではなく、マスはマスだし、ワインはワイン、レタスはレタスだ。元の世界には存在しないゴブリン族やオーク族、オレ達を入れた檻を運んで飛んでいたあの飛竜。元の世界と同様に存在している人間族やマスやレタス……、馬や豚もどこかで見た。どういう事だ?なにか、おかしい』


「どうした、シゲル、ボーっとして」クッカがシゲルに声をかける。

「あぁ。すまんすまん。あまりにも美味くてな」シゲルはそう答えた。考え事をしていたその短い時間には味わってなどいなかったのだが。

「なにか、考え事をしていたように見えましたが? お力になれるか分かりませんが、聞くくらいはできますよ」ユレイヨはシゲルにそう言った。

「ちょっと、故郷の事を思い出していたんだ、すまねぇ。オレの故郷にもマスを使った料理があってな」

「おぉ、どんな料理なんだ、それは?」クッカは言う。

「そうだな、鱒寿司……、炊いた米と、酢と、……あれってどうやって作ってるんだろ?美味いんだぜ。あとは、燻製にしたものとか、かなぁ」

「マスの燻製は美味いが、マスズシってのは良く分からんな、その説明では。米は南の方の国で盛んに作られているらしいが、イルゴル王国周辺では作っていないハズだし……。今度、米が手に入ったら、米を使った料理、色々と教えてくれよ、シゲル!」

「あ、あぁ。オレは料理が苦手でな。教えられるようなモノはなにもないけどな」クッカの勢いに気圧されたようにシゲルは答える。

「シゲルの故郷とはどこなんですか?」ユレイヨが言った。

「んー、日本、って言っても分からないよなー。遠い国だよ」

「ニホン、ニホン……ですか。どこかで聞いた事があるような……」ユレイヨは食事の手を止めて額に手を当てて考えている。

「え、マジかよ! どこで聞いたんだ?」シゲルは目を見開いてユレイヨに詰め寄った。

「それは、ちょっと思い出せないのですが……」

「そうかー」シゲルはガックリと肩を落とす。


「そんなにも肩を落とすような事なのか、シゲル。ま、それはそれとして。デザートも用意してあるんだぜ! さあ、しっかり食おう。ユレイヨも思い出したら教えてくれるさ」

「おぉ!」

「マジか!」

 クッカの言葉を聞いて、シゲルとユレイヨは目をあわせて喜ぶ。


 小さな部屋での三人のその宴は、その夜遅くまで続いた。

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