第20話 朝市
「この朝市は、我がイルゴル王国が誇る多種多様な種族によるそれぞれが育んできた文化を一望でき……、いや、いくら全てを見ようとしても見つくせない、我が国の活気そのものだ」
スレイは連れて来た二人の異世界人に対してそう言った。城下町の小高い広場から見下ろす町並みには多くの露店が立ち並び、商人と住人たちがその中を行きかっている。
「ほぉ、これはすげえ」と声を上げたのはシゲルだ。目深にフードを被り身体全体を覆いつくすマントを纏っている。
「ホント、スゴイ……。いい匂いもしてるー」続いて声を発したのはユウコだ。シゲルと同様フード付きのマントを纏い、目深にフードを被っている。
「確かにいろんな種族が暮らしているんだな。オークやゴブリンだけじゃない。あれはリザードマンか? ラミアっぽいのもいるな」
「巨人のような大きさの種族も、小人の様な大きさの種族もいるみたい。みんなそれぞれに楽しそう……」
シゲルとユウコは口々に感想を言い合っている。スレイはそれを黙って聞いている。
「しかし、なんだって、オレ達二人を連れだしてこんなところに連れて来てくれたんだ?スレイさんよ」
物怖じすることなくシゲルは聞いた。鉱山で敵対した時から――今も関係は敵対関係にあるのだが、シゲルはスレイに一目置いていた。対立という構図の外でスレイと話をしてみたいとシゲルは思っていたのだ。シゲルの質問を聞いてユウコも頷く。シゲルとユウコは真っすぐにスレイの目を見つめている。
「シゲルくん、ユウコくん。キミ達の武装を思い出すに、あのメンバーの中ではキミ達二人が前衛なのであろう。もう一人、リュウキくんがそうなのかも知れないが」
スレイは二人に対して話し始めた。
「そうだな。オレとリュウキとユウコが前衛を務めている」
「うむ。そして、前衛だからこそ、自分たちの命の危険度は高く、相手の命を奪う機会も一番多かったのであろう?」
「あぁ、うん……」
「えぇ、そうね……」
「いや、それを責めてはおらんのだ。勘違いしてくれるな。
シゲルとユウコは目を伏せている。スレイはそれに構わず、活気立つ朝市を真っすぐに見下ろして続けた。
「ただ、キミ達には知っておいて欲しかったのだ。我が国に暮らす様々な種族の、その平凡で幸せな日常を。キミ達はネフト王国やシュマルカ神に殲滅すべき対象、悪鬼のごとき魔の軍勢と教えられてきたのだろう?このイルゴル王国の民の事を。今後また、我々は戦場で相まみえるかも知れん。戦場で相手の兵士を殺すのは構わん。それが兵士の役割だからな。しかし、兵士ではない者を手にかけるのは考え直して欲しい。それを頼む為に、今日はキミ達にこの光景を見せたかったのだ」
スレイはシゲルとユウコの事を見ていない。スレイが真っすぐに見下ろしているその先には活気立った朝市の光景がある。シゲルはスレイのその表情をじっと見つめている。ユウコは涙ぐんでうつむいている。
「今後、戦場で相まみえるかも知れんって、スレイさん。オレ達を解放してくれるのか?」
シゲルはスレイに問う。
「私はキミ達を過小評価していないだけだ。解放するにせよ、キミ達が逃亡するにせよ、キミ達がこの国から出ていく前に、この光景を見せて、お願いをしたかっただけなのだよ」
「なんだよ、それ……」
「戦場で再び相まみえたいなどとは思っておらぬが、キミ達のような若さがひとところで澱んだままに腐っていくのは良き事とは思っておらぬのでな」
スレイは朝市を見つめ続けている……、慈愛に満ちたその目で。シゲルはそのスレイの横顔から目が離せないでいる。ユウコは町の光景を目に焼き付けておこうと、何度も潤んだ目をこすりながら町を見ようとしている。
風がひとつ吹いた。異世界人二人のフードを軽くはためかせ、爽やかな朝の空気は三人の顔を等しく撫でていった。
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