第18話 シンノスケ
『これは、マズいぞ。オレがつくべきは一体どちらだ?』トーマは動揺したまま、しかし、やれることはやっておくべきだと城内を走り回っていた。キョロキョロと辺りを見回しながら素早く動き、城の構造を把握しつつ、仲間の気配を探っていた。『スレイは「シュマルカという存在に到達する事こそが、私の使命」と言っていた。オレ達転生者が真に協力すべきは、ネフト王国ではなく、スレイ達ではないのか?』トーマはスレイ達の会話を反芻している。『オレ達に見せないハズの舞台裏であったあの二人の会話は本音だったはずだ。そして、オレ達はネフト王国の人間達の本音をしかと見た事があったか?どうするべきだ?』『シュマルカやネフト王国にただ利用され、翻弄されているだけだったとしたら?』トーマの中の疑念は膨らむばかりだ。
前方に明かりが見える。廊下の柱の燭台のろうそくは数本おきにしか灯っていないが、前方のその明かりは真夜中の最低限の明かりのそれではないとトーマに予感させた。その明かりは廊下の弱い明かりの数倍の明るさで灯っており、その下にはオーク兵らしき影がある。『あのオーク兵が見張っているあの部屋には仲間がいる』トーマはそう確信した。トーマは気配を断ち、じわりじわりとオーク兵に近づく。オーク兵は時折向こうを見やり、その後こちらに首を向ける。廊下から出っ張った柱の影に隠れてトーマはオーク兵の持つその槍二本分の距離まで近づく。そして、左手の手のひらの上に乗せた睡眠香の立方体を右手の人差し指で弾いてオーク兵の足元まで飛ばした。『一、二、三』とトーマが小さく数えると、立って正面の扉を見張っていたそのオーク兵は膝から崩れ落ちた。「はいよ。おやすみ」そう言って、トーマはオーク兵を壁にもたれさせて座らせる。
そして、オーク兵が睨んでいたドアを小さくノックする。ドアノブに括りつけられた鉄製の針金を解き、トーマは部屋の中に入る。
「オレだ。トーマだ」小さな声でそう発してからトーマは気づいた。そこがまるで客間のような部屋である事に。ゴミ置き場であった自分の拘留場所とはまるで違う事に。『やべぇ。オークが見張っていたから、てっきり仲間の誰かだと思ったけど、オレ達以外の、この城の客分的な誰かが幽閉されている部屋だったりするのか?』トーマはゴクリと唾を飲み込む。この部屋からは出るべきか――そうトーマが思った刹那、「と、トーマ?」と声がした。ガラス窓の月明かりに浮かんだのは丸い坊主頭だ。「し、シンノスケかよ。なんだよビビらすなよー」
「この部屋に仲間の誰かが来るのなら、それはトーマだと思っていたよ」
「オトコにそんな事言われても嬉しかねーよ。しかし、なんだよ。この部屋。いい客間じゃねーか、シンノスケ。俺なんてゴミ置き場だぜ?」
二人は声を潜めて話し始めた。
「ゴミ置き場ってのはひどいね。……もしかして、話、盛ってる?」
「盛ってねーよ。クセ―し生ごみはあるしでキツかったんだぜ。あれは多分、調理場で出たゴミを一時保管する場所だな。隣はキッチンみたいだったしな。かまどとかあったし」
「一つの場所にまとめて収容されていたら、それが例えゴミ置き場でも良かったのかも知れないけどね。僕らはどうやら、一人一人バラバラに捕らえられているみたいだ。仲間の動向が分からないと、動きようもないよね」
「まー、この部屋だったら八人入れられてもゆったり出来るけどよ。オレが入れられていたゴミ置き場は三人も入ったら誰一人身動き取れなくなるぜ?シンノスケがオレの立場だったなら、『ゴミ置き場でも良かったのかも知れない』なんて絶対に言えないからな!」
「ゴメンゴメン」
「ま、ゴミ置き場だったからこそ、合成スキルを使って睡眠香を作れたんだけどな」
「なるほど、スゴイな! トーマはやっぱりアイツらからも脅威に映るんだよ。だから、ゴミ置き場に入れられたんだ。僕なんて舐められてるからこんな部屋に閉じ込められている。ガラスを割って外に出るくらいいくらでも出来そうな、この部屋に」
「そんな卑下することもねーよ。シンノスケが舐められているのかどうかは分からないが、舐められているのなら、それを逆に利用してやればいいだけだしな」
トーマは細い眼を寄り細めて笑顔を作り、シンノスケは丸い目をより大きくして頷き、そして笑った。
「そう、舐められているなら、それを利用するべきなんだ」
トーマは自分が言った言葉の中に何かを発見したかのように、直前に仲間に言い放ったその言葉を反芻した。
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