第17話 メモ
トーマは混乱していた。城内が寝静まっている中で人の気配と明かりを頼りに来てみれば、そこにスレイとその執事であろう山羊男が話しているのを見つけ、『これは貴重で重大な情報収集だ』と、部屋の外から耳を澄ませて二人の会話を聞いていたのだ。しかし、二人の会話を聞けば聞く程に、女神シュマルカやネフト王国から聞かされていた魔族のイメージが揺らいでいく。人間である自分たちの前で話し振る舞うスレイの姿と、腹心の部下と本音で話している現在のスレイの姿。敵対する人間族である自分たちへの牽制や権謀術数は当然あるにせよ、人間族である自分にとってのスレイたちの舞台裏の振る舞いが、自分たちに見せている姿と大差がない事に驚かされていた。
卑怯でずるがしこく、人間族を陥れる事を無上の喜びとし、残虐で非道な敵対勢力……それが魔族であると、トーマ達は教えられてきた。シュマルカにも、自分たちを召喚したネフト王国の要人たちにも。しかし、どうだ。この現状は。スレイという魔族の中でもなにかしらの責任者であり実力者であるあの男と、その腹心の部下が本音で話している内容は、自分たちの前で見せていたものと変わらない。同胞の死を悼み、嘆きの石が魔石として転生者の成長に使われている事を悲しみ、問題解決の糸口を探るのに、まずは敵対勢力である自分たち人間との対話を考えている。自分たち転生者の命を盾にネフト王国と取引をしようだとか、人間たちを殺してしまえだとか、苦痛を与えろだとかの話がまるで出ない。
ネフト王国での指示やシュマルカの扱った言葉の方がよほど物騒だ。「滅せよ」「殲滅するのだ」「打ち滅ぼせ」等々、ネフト王国内で幾度となく聞いた物騒な言葉が、スレイの口からは語られない。どういうことだ。オークやゴブリン、あれほどまでに悪魔然とした姿恰好のスレイたち、ネフト王国が敵対しているこの国の面々はもしかしたら、悪なる存在ではないのか? もしかしたら、悪なる存在とは自分たち人間族の方ではないのか? トーマの価値観はこの部屋に到達して以降、ずっと揺らぎ続けた。
『決定打が欲しい。スレイやこの国の住人が悪鬼ではない事の決定打が欲しい』そう思ったトーマは睡眠香をスレイの部屋のドアの下の隙間に差し入れた。「睡眠香耐性マックス……っと」トーマは中空で指を動かしながら独り言を言い、ドアを静かに開け、部屋の中に入った。
スレイとバルバスはぐっすり眠っている。トーマは壁際に立っている本棚を眺める。「都市計画……、農業……、商人、心理……、環境整備、へー。並んでいるワードがマルチな感じだな。このスレイって人が何を専門に担当している人か、どの程度の高さの地位にいるのかさっぱり分からないけど」背表紙に書かれたワードを適当に読み上げながらトーマはそんな感想を口にした。そして、「ん?異種族間交流?」と声に出してそのワードが背表紙に書かれた本を手にとり、パラパラとめくってトーマは眺める。「付箋がしてあるな。フレイムドラゴン……、サラマンデルふんふん。お、人間のページにも付箋があるな……と」トーマがページをめくろうとすると、そこから一枚の小さな紙が落ちた。トーマがそれを拾い上げて見てみると、そこにはこう書いてあった。
適材適所で皆が幸せになればいい。いつかニンゲンともそんな共存が為る事を目指すのだ。――スレイ
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