第10話 ウィンドウ
人間四人を閉じ込めた檻をそれぞれが一つずつ両足で掴み、二頭の翼竜は空を駆けている。その二頭の前を優雅に飛んでいるのはキュキィとスレイだ。眼下に広がる森林と遠くに見える山々をキュキィの背の上でスレイは慈しむように眺めている。
檻の中の人間たちはそれぞれに違った顔で空の旅の中にいる。
「オゥエ……。気持ち悪い……」吐き気を我慢できずにいるのはリュウキだ。エレナは必要以上に力を込めて檻を掴んで震えている。「はー。こんな空の旅が出来るなんてな。捕虜も悪くないもんだ」そう言ったのは重装備だった大柄の男だ。「どうかしてるぜ、シゲル。呑気にもほどがある」その重装備だった男に声をかけているのは、転移魔法一組目では無かった男。
エレナ、リュウキ、シゲルの三人が坑道襲撃の一組であった。シゲルほど鷹揚に構えてはいないが、この檻の中の四人目の人間であるその男はリュウキやエレナよりは落ち着いている。
「どうせ、今はどうしようもねえ。それなら、今は、この現実離れした絶景を楽しんだ方がいいじゃねえか。違うか?トーマ」
シゲルは片手で檻の鉄柵を握ってはいるが、力を抜いて座っている。
「間違ってはないけどな。エレナ、リュウキの悲壮感の横に呑気すぎるシゲルがいるのが、なんか、オレから現実感を奪うんだよ」
トーマと呼ばれた男が苦笑しながら言う。リュウキよりもやや小柄な体躯のその男は、元々細い目を風に抗うようにさらに細めている。シゲルと同様に、檻の鉄柵を背に座り、片手でその鉄柵を握っている。
「ハハハ!そうか。そういうものか」
シゲルは豪快に笑う。
「シゲルはホント、RPGの戦士そのまんまだな」
「そうなのか?オレはそっちの話には疎いんだが」
「んー。オレのこれもまぁ、イメージでしかないんだけどね。オレもそれほど多くのゲームをやってきた訳じゃないし」
「そういうトーマはなんだっけ?」
「あぁ、オレ? オレは、ニンジャ、らしいよ。どうなってんだろね、この世界の、世界観」
「ん、あぁ、そうだな。おかしな世界だ。現実感をどこで感じりゃいいんだかな」
「オレは、このステータスウィンドウってのがある時点で、未だにここが夢ん中だと思えてる」
トーマはそう言いながら自分の胸元辺りの中空でひとさし指を上下左右に動かしている。
「違いねぇ。こんなものがある現実ってのを受け入れろと言われてもな。ステータスウィンドウに、スキルボード、か」
シゲルもトーマと同様に胸の前で指を動かす。
「ま、どれだけ装備を剥がされても、これがあるから、なんとかなりそうだよね」
「確かにな」
そう言いながら、シゲルは後方を飛ぶもう一頭の翼竜とその足元の檻に目を向けた。
「あー、マジムリ。ホント、マジ、ムリ」
ポニーテールに髪を結った女は後方の檻の中で四つん這いになって文句を言っている。
「大丈夫?ユウコちゃん」
その傍らに座る女が四つん這いで喘ぐ女に声をかける。ウェーブがかった栗色の髪のその女はユウコという女にくらべ随分小さい。
「なんで、あんたはそんなに気楽でいられるのよ!タカコ。私は怖いし寒いし不安だしでホント、もう、ムリなんだから!」
「そうは言ってもしょうがないじゃない。せっかくなんだから、この空の旅を楽しみましょうよ。こんなアトラクション、元の世界に戻っても味わえないんだし」
「アトラクション、って。あんたどんな神経してるのよ……」
辟易とした表情でユウコはタカコに毒づく。さらに、「向こうは勇者に戦士に神官に忍者って、バランスがとれた四人なのに、こっちは剣士に魔法使いにエンチャンターに罠士ってバランス悪くない?めっちゃ不安だよー」と吐露する。
同じ檻に入れられているあとの二人、坊主頭の小柄な男と、長髪の中肉中背の男はそれを聞いて苦笑している。心持ちの落ち着き様だけを見たなら、この後方の檻の中の方が安定はしているようにも見える。ユウコ以外の三人に大きな動揺は見られない。
「ま、僕たちにはステータスウィンドウとスキルボードがあるからさ。これらは流石に奪われないし」
坊主頭の男が言った。
「そりゃ、そうだけどさぁ」
ユウコは答える。
「両手首を切り落とされたら使えなくなるのかもしれないけど」
坊主頭の男は続けて言う。
「コワイ事言わないでよーーー!」
ユウコの絶叫が風で後方に流されて行く。
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