第11話 尋問

 三方が石の壁、残る一面が鉄柵となっている独房の中にリュウキは捕らえられている。手に枷ははめられていないが、右足は鉄輪が課せられ、その鉄輪には太い鉄の鎖が繋がっている。鎖の終端は壁に埋め込まれた環状の金具に繋がっている。鉄柵の外側には一人のオーク兵がリュウキを監視している。


 石の床に座り、肌着だけでは寒いのか藁で編まれたむしろを纏って、リュウキは自身の足を見つめている。「くそっ」とリュウキは小さく呟く。その時二つの足音が遠くから聞こえて来た。石の床を鳴らす革靴の硬い音だ。


「ご苦労さま。監視、ありがとう」リュウキを見張るオーク兵に声をかけて現れたのはスレイとバルバスだ。スレイは簡素な木製の椅子を、バルバスは同じく木製の小さな机を持って石の壁で出来た地下の廊下を歩いてやってきた。バルバスは鉄柵から離れた壁際に机を置き、スレイはその机の横に椅子を置く。「では、頼む。出来る限り細やかに記録を取ってくれ」と言いながら、スレイはバルバスに座るように促す。壁側に点在する松明の明かりが机の上に上手く落ちるようにバルバスは机と椅子の場所を調整する。「我々は今からコイツと話をする。コイツが暴れた時には頼りにしているが、少し休むといい。今はただそこにいてくれるだけでいい」スレイはオーク兵にそう声をかけた。


「さて、リュウキくん」スレイは鉄柵の向こうに声をかける。

「仲間は、無事なんだろうな」リュウキはすぐさまスレイに問う。

「気持ちは分かるが、性急なことだな。捕えた者と囚われた者という立場もある上に、礼儀というものもあるだろう? 自分の主張を最優先というのはキミの立場上、良き判断だとは思えないが」

 鉄柵を挟んでスレイはリュウキを見下ろして話す。松明の明かりはリュウキが捕えられている独房の床にスレイの影を長く落としている。

「くっ。……魔族に説教されるとはな」

 苦々しげにリュウキはつぶやく。スレイが現れて以降、身体を動かすそぶりも見せない。目だけを動かしてスレイの影を見、スレイの声を聞く事で誰が来たのかを察したのか、動かない。

「魔族……。ニンゲンどもが我々の事をそう呼ぶ事は知っているが、何を以って魔と称しているのか全く理解に苦しむのだ。ニンゲンの方が余程”魔”であろうに」

 パチパチと松明が小さく音を立てている。油と木が燃えるにおいがリュウキとスレイの間に流れている。

「とにかくだ。仲間の無事を知りたい。教えてくれないか」

「まあ、いい。この地下牢、キミの声が届く範囲にキミの仲間はいないが、それぞれに拘束している。ただ、キミたち一人一人にじっくりと話を聞かせてもらうために分散して捕えているだけだ。安心するがいい。皆、生きているし、元気……だよ」

 スレイは言葉の端々に含みを持たせる。坑道で捕らえた時のリュウキが『裏切者がいるかも知れない』という疑念を顕わにした時と同様に、真も偽も悟らせない話術を使う。リュウキはそして、ここで初めてスレイに顔を向けた。

「エレナは!エレナは無事なんだろうな!」リュウキは大きな声を張り上げる。強がってはいるが不安と焦りがその表情にべったりと張り付いている。


 机の上で事細かに記録を取っているバルバスは執務室で事前にスレイに聞いていた言葉を思い出す。『リュウキという男はどうやらこの襲撃チームのリーダーのようだが、頭はよろしくないらしい。コイツから多くの情報を引き出せると思うのだ。頼むぞ、バルバス。ニンゲンどもへの対策を講じるのに、多くの情報を集め、精査したいのだ。なるべく詳しく記録をとってくれ』スレイはバルバスにそう言ったのだった。

『スレイ様の記憶力であれば、私の記録など重要ではないでしょうに』バルバスがそう言うと、『買いかぶり過ぎだ。バルバス、オマエの助力があってこそ、私は能力を発揮できるのだ。頼りにしている。よろしく頼む』とスレイは言った。『すまなかったな、バルバス。滋養のあるものをと頼んでおきながら帰ってこれなくて』と、温め直された食事を食べながら。『給仕にもちゃんと言っておいてくれ。最高のタイミングで食べられなくて悪かったとスレイが言っていたと。だが、ちゃんと美味しく食べたと』

 そんな事を思い出し、バルバスはスレイとリュウキをチラリと見た。藁のむしろにくるまったまま吼えているリュウキという男には、なるほど知性が感じられない、と、バルバスは思った。

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