第9話 涙

「サマイグ鉱山に生きる我が同胞たちよ。私は王に進言し、三頭の翼竜と、このニンゲンどもを積める檻と、数名の魔導士をこちらに手配している。夜が明け、日が中天に昇るまでにはここに来るであろう。それまでの時間、疲れてはいるだろうが、油断せず、このニンゲンどもを見張っていてくれ。私とこのニンゲンどもがここを去った後、存分に休んでくれたらいい。私はこれより、怪我をした者を見舞い、戦没者を弔いに行って参る。すまんが、よろしく頼む。後は任せる!」

 スレイは高らかに宣言する。「オォー!」発着場の上の全てのオークとゴブリンはスレイのその言葉に応える。


「ありゃあ、傑物だ。一筋縄ではいかねぇな」

 そう小さく独り言を言ったのは、リュウキとエレナと共に坑道に現れた重装の男だ。今は肌着と綿のズボンの男、だが。彼も両手を後ろに縛られ、現在は戦意を持っていない。が、目に宿る光は、今の九人の人間の中で一番強いようだ。


 スレイは坑道に入り、麓への道を進む。蟻の巣のように鉱山内を掘り進められた坑道は鉱脈を探りながら長年をかけて作られたものだ。一見すると無秩序に分岐しているように見え、知らない者が迷い込んだらどこにも辿り着けずに野垂れ死にもあり得るのだろう。しかしスレイは迷いなく進む。視察の度に坑道で働く者達と交わした会話の記憶がスレイにはあり、坑道の構成の約束事や、似た景色の中にある小さな目印の見分け方といった知識の蓄積がスレイにはあった。知ったかぶりをせず、自身を迎え入れてくれる者達の『オレ達の職場自慢』をいつでも謙虚に聞き入れて来たその賜物とも言える。スレイは傷病者に一刻も早く声をかけに行くべきかとも思ったが、夜明け前の時間に行くよりは、皆が朝食を食べるくらいの時間に行った方が良いだろうと判断し、麓の墓地に向かっている。


 程なくして、スレイは麓に辿り着き、坑道を出た。数時間前の人間達の襲撃の痕跡がそこここに見られる。鉱山入口の平地には幾重もの柵が張り巡らされ、砦としての機能を果たしているが、人間の襲撃によってその柵はところどころ倒壊している。警備兵が巡回しているのも見える。

 スレイがメインゲートに辿り着いた頃には、空は白みかけていた。

「みな、ご苦労。特に昨夜から今までは気を張っていただろう。勤務時間が終わり次第、存分に休んでくれ」

 スレイは守衛小屋の前に立っていた二人に声をかける。簡素な守衛小屋だ。襲撃の度に壊れる事が前提なのだろう。だが、今回は無事のようだ。

「ス、スレイ様!」

「スレイ様、ありがとうございます!」

「被害状況はどのようなものか」

 スレイは淡々と訊ねる。

「柵はいくらか倒壊しましたけど、今回の襲撃は肩透かしを食らったようなものでして……。ニンゲンどもの士気は高いのか低いのか分かりませんでしたね。人的被害はほとんどなかったと言っていい位です」

「そうか。今回のこの戦場はニンゲンどもによる陽動作戦、攪乱であったのだろう。坑道内に突如として現れた前回のカラクリも分かった。今回は坑道内に送り込むニンゲンどもから目を逸らす為に、コチラが見た目だけ派手に襲撃されたのだろう」

「そうだったのですか!」

「では、今回も坑道内に現れたのですね?そのニンゲンどもは?」

「あぁ。だが、すぐに取り押さえた。今日の昼には王城へ連れて行く」

 二人の守衛は顔を見合わせ、顔をほころばせた。

「うむ。それでは、門を開けてくれ。戦没者の慰霊に来たのだ」

 スレイが言うと、「ハッ!」と二人は一旦直立の姿勢になり、閂を引き抜き、門を開けた。

「ありがとう」スレイは二人に謝意を述べて、砦の外の墓所へ向かう。


 坑夫によって不器用に形作られた石が、素っ気なく並んでいる。掘り起こして間もない土の色が目立つ墓石のそばにスレイは屈み、その墓石に掛けられた鉄製のネームタグの字を読む。そこには『トゥロー』と書いてあった。

「トゥロー。オマエもまた、勇敢だったと聞いている。どうか安らかに眠ってくれ」

 スレイはポツリと漏らす。その表情は柔らかく慈愛に満ちたものだ。だが、直後に一転して憤怒の形相となる。

『ニンゲンどもは死者を冒涜するかのように、戦闘の後、死者の身体を引き裂いてまわる』まことしやかに囁かれていた噂が事実であったと、スレイはこの鉱山でまざまざと聞かされていた。

 様々な思いがスレイの胸に去来したのであろう。死者を悼み慈愛に満ちた顔、人間への激しい憤怒を顕わにした顔、自らの至らなさを悔いて死者に詫びる顔。墓所に眠る全ての者へ頭を垂れ、スレイは色々な表情を浮かべては大粒の涙を何粒も地面に落とす。

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