第6話 捕縛
にわかに騒がしくなった。縦横に張り巡らされた坑道を伝わって聞こえてくる喧騒の出所はその距離も方向も正確には捉えきれない。打ち付け合う金属音と、自軍を鼓舞する雄たけび、緊急事態を鉱山全域に伝える銅鑼、遠くからそれらの音が聞こえてくる。時間は深夜。坑道をゆっくりと通り過ぎるぬるい風はぽつりぽつりと距離を空けて据えられている松明の火を揺らしている。その松明の明かりの一つが二つの影を地面に落とした。その影は右へ左へ動いている。息をひそめて、ゆっくりと。
その影を暗闇から見つめているのはスレイ。スレイのその後ろにはいくつかの気配がある。スレイは静かに右手を上げ、「まだだ」と小さく呟いた。程なくして、二つの影は出現した場所に戻り、その気配は消えた。数秒の後、「よし、向かおう」というスレイの静かな号令で、スレイとその後ろに控えていた気配は動き出す。向かう先はつい今しがた二つの影が消えた浅い坑道だ。
その浅い坑道の入り口でスレイは後ろの者達にハンドサインで待機を命じる。その後、スレイは一人でその坑道に入り壁に張り付くように立つ。そして、気配を断つ。息をひそめ、湧き出る唾を慎重に飲み込む。
スレイの足元から淡い光が漏れている。魔法陣の光だ。スレイは動かない。無から有へ。塵が人型に集まるように、そこにいなかったハズの存在が徐々に姿形を為していく。スレイはじっと動かず、形成されていくその三つの人型を観察する。盾を持ち、兜を被り、首の保護にも余念のない重装の甲冑を着こんだ男と、その男よりは軽装の剣を構えた男、そして、その二人に比べて軽装に過ぎる杖をもった女が一人。その三人が膝をついて屈んだ姿勢で現れた。スレイはそれを確認するやいなや、疾風の如き素早さで女に近づき、手に持っていた縄でその女を締めあげた。
「なっ!」
「なに!?」
あっけにとられ、身動きも出来ないでいる二人の男の横を、スレイは女を抱えたまま通り過ぎる。その浅い坑道を出て、そして、スレイはその二人に向き直る。状況を把握できないままでいる女はスレイの胸の前に縛られた格好で立たされている。そして、直ぐに闇の中から潜んでいた十数人のオークとゴブリンが姿を現す。
「おっと、武器は地面に置いてもらおうか。意味は分かるな?」
スレイは二人に語りかける。ゆっくりと努めて低い声で。二人の男は一瞬拳に力を込めたが、スレイの声に従い武器を置いた。
「この女を助けたければ、お前たちも大人しく縛られるんだ。なに、私はキミ達ニンゲン族と違って、無闇に命を奪ったりはしない。さぁ、早く、そこから立ち上がって、縄につけ。まだ、お仲間がその魔法陣からやってくるのだろう?そこにいたままではまずいのではないか?」
スレイの言葉に二人の男は再度武器を取ろうと身構えたが、スレイとその両脇を固めるオークとゴブリンの手にある刃の鈍い光が女に向かっているのを見て観念したようだ。二人はスレイの言葉に従う。女は声を発する事さえできずに放心している。
「さて……。合計何人、ここから侵入する手はずになっているのだ? まぁ、答えずとも良いが」
スレイは縛られた男に言う。
「エレナには!エレナには手を出すな!頼む!お願いだから……」
「ほぉ。エレナというのか、この女は」
スレイはそう言うと「ふぅ」と一つため息をつき、「不用意な事だな。私が名前を知る事で為す事が出来る魔法なり
それを聞き、エレナという女は「ひぃ!」と呻き、重装の男は「チッ!」と舌打ちして軽装の男を睨んだ。エレナの名を口にした軽装の男は「あぁ……」と崩れ落ち、膝をついた。
「安心したまえ。私にそんな能力はない」
スレイはそう言い放つと、また光り出した魔法陣を睨み「手筈どおりに頼む」と周囲のオークとゴブリンに声をかけた。
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