第7話 丸腰

「なぜ、バレたんだ? なぜ、オレ達を待ち伏せする事ができた? まさか、オレ達の中に裏切者がいるのか!」

 エレナという女の名を叫んだ軽装の男は、両手を後ろ手に縛られ連行されながら、大声でそう言った。

「さて……。裏切者、ね」

 スレイは「フッ」と小さく呆れたように呟き、軽装の男の目が自分に向けられている事を確認する。そして、同じく連行されている男の仲間の方へ目線を向ける。スレイのそのそぶりを見て、男は目を見開き驚きと動揺を隠そうともしない。


 拘束された人間とスレイ率いる鉱山の男たち一行は、やがて、飛空獣発着場に着いた。煌々と赤い光を揺らめかせるかがり火が数十基、その発着場の周囲をぐるりと囲んでいる。スレイは鉱山の男たちに指示し、拘束している人間たちを距離を置いて扇状に並べさせた。一人の人間に対し、二人の鉱山の戦士を両脇につけて。

 扇状に座らされている人間の、その扇の要の位置にスレイは立ち、彼らに向かって言い放った。

「まずは、諸君の防具を外させてもらう。とりあえずは、既に武器の類を没収させてもらったが、それだけでは不十分なのでな。そして、エレナと言ったか」

 スレイはエレナに目を向ける。エレナはびくりと身体を身体をこわばらせた。

「キミにはこちらに来てもらおう。エレナの両脇に控えてくれているのは……、ペジ……。いや、その女の両脇の二人。すまないが、その女をこちらまで連れてきてくれないか」


 坑道内での再現のようにスレイはエレナをその胸の前に立たせた。その両脇にはエレナを連れて来たゴブリン兵が一人と、オーク兵が一人。スレイは小声でその二人に呟く。「すまぬな。オマエ達の名をコイツ等の前で呼ぶ事は得策ではないと考えたのだ。許せ」と。「構いませんです」「分かっています。お気になさらず」両脇の二人はエレナに向けた剣と斧の構えを弛めることなく、スレイにそう囁いた。その二人の目は嬉しそうに、一瞬、弛む。


 扇状に座る人間は八人。エレナを含めて九人の人間は順に装備を剥がされていく。スレイはエレナの生殺与奪権が自分にあるのだと誇示しながら、人間に反抗の隙を与えぬよう、一人ずつ、人間自らその装備を外していくよう命じる。


「ニンゲンどもの名に興味などないが、便宜上知っておいた方が便利ではあるな。とりあえずは、エレナ。キミの名を大声で叫んだあの男の名を私に教えてくれないか」

 スレイの言葉にエレナはビクリと身体を跳ねさせ、そして、扇状に並んだ右から二人目の男に目を向けた。「まっ……」スレイとエレナから視線を受けたその男は何かを言いかけて、しかし言う事を止め、口を噤んだ。

 他の七人の人間の視線はその男とスレイの方を気ぜわし気に往復する。

「彼はタカムラ……、タカムラ・リュウキ……くん、です……」

 エレナは一瞬だけタカムラの名を告げる事を躊躇ったが一瞬だけだった。

「ふむ……。そうだったな。ニンゲン族は個人の名とは別に家名を持つ者が多かったな。タカムラ、が家名で、リュウキがキミの名という事でいいか? リュウキくん」

 リュウキは力なく頷く。

「装備を一人ずつ外している今は退屈であろう? 私の話し相手になってはくれないか、リュウキくん」

 座らされた姿勢でスレイを睨み上げるリュウキ。しかし、目に宿した光は転移魔法で現れた時と比べると随分弱い。地面を蹴り、スレイに駆け寄るその数瞬の隙も与えられてはいないが、元よりそれを行う気力が今の彼にはおそらくない。

「なんだ?」

 スレイへの返事にも力がこもっていない。

「おっと、失礼。私も名乗っていませんでしたね。私の名はスレイ。どうぞよろしく」

 スレイの名乗りを聞き、リュウキは「ふはっ」と笑った。

「どうしました?」スレイはリュウキに問う。

「オマエこそ、不用意に名を名乗ったりしてマヌケだなと思ってよ。いいのか?オレ達の中に名を知る事で魔法や呪いをかけられるヤツがいるかも知れないぜ?」

「あぁ。そんな事でしたか。どうぞ、ご自由に。スレイという名が私の真の名であるかどうかを確かめる術もキミたちにはないでしょうし、それにね。そういう攻撃がキミたちにあるのであれば、まずは私がソイツを一番に受けるべきだと思っています。なぁに、私の代わりなどいくらでもいますから。是非ともかけて頂きたい」

 兜を被っている兵の顔は、その兜の影に隠れて人間たちには確認出来ていないが、オーク兵もゴブリン兵も全て声を殺して泣いている。

「代わりなどいません」「代わりなんて、いる訳がない。スレイ様はいつだって私たちの為に……」スレイの両脇に立つ二人の兵は小さな小さな声で呟いた。

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