第5話 灯

「どうやらここのようだ」

 膝をついたり、地面に頬を付けながら人間達が残したであろう痕跡を探っていたスレイは言った。「スレイさま……お召し物が汚れます」だとか「床に顔を付けられるだなんて。すみませんもっとキレイに掃除をしておくべきでした」などと、ハーベィとトングルは言うが、スレイはそれらを意にも介さないといった風情で淡々と調査をしていた。

「目立たないように巧妙にその痕跡を消してあるが、間違いない。ここに魔法陣が描かれている」

 そこは浅い横穴の地面だった。この先を堀り進んでも、鉱石採取の効率は悪いだろうと放棄された横穴だった。その地面に転移用の魔法陣が描かれているとスレイは言う。

「ハーベィ、前回の襲撃はこの辺りに突如現れたのだったな」

「は、はい。左様で」

「そして、前回の襲撃時、ニンゲンどもが撤退したのは麓の出入り口か、それともこの階層で消えたのか? または、この階層とは違う深度のどこかか?」

「えぇっと、麓ではありません。そして……。戦闘はいくつかの場所で行われましたが、いつしかその音も止み……、ニンゲンどもの姿を見失った時がありました。……申し訳ありません……」ハーベィは肩を落とし、スレイに深々と頭を下げた。

「よい。それを責めている訳ではないのだ。前回のニンゲンどもの撤退が麓の出口でないというのなら、飛空獣の発着場か、我々が今いるこの魔法陣か、もしくは、こういった魔法陣が他にもあって、そこか、だ」

 ハーベィとトングルが目を見合わせる。「なるほど」

「ならば、ここである可能性が高いです、スレイ様」

 ハーベィが言った。

「腰を抜かして隠れていたミーザが、負傷した仲間たちに近寄ろうとした時に、ニンゲンどもの影を見たと言っていました。咄嗟に負傷した仲間の中に紛れて横たわっていたらしいのですが、それが、この近くです。そして、時間的にもニンゲンどもが最後に目撃されたのがそれだったように思います」

「よし」

 スレイはハーベィに冷静に相槌を打つ。

「次回の襲撃時にニンゲンどもが再度ここを使う可能性は高いと思うか?」

 スレイの問いかけに、ハーベィとトングルは肩をすくめた。


「念のため、私はここを見張ろう」

 そう言いながら、スレイはその尖った右手の爪で左手の甲を引っかき、傷をつけた。そして、胸ポケットから折りたたまれた紙片を取り出し、手の甲の血を爪の先に付けてはその紙に文字をしたためる。

「これを、王に届けてくれ。そうだな。私を運んでくれたキュキィに乗せてもらうよう頼んでくれ。誰でもいい。急を要する。……、そうだな。ドラゴンライドの経験がある者がいい。キュキィの全速に耐えられる者はそうそういまいが、早馬の方が早かった、では困る。心当たりはあるか?」

 スレイは紙に乗せた血の文字が早く固まるよう、近くの松明にその紙を近づけながら聞いた。

「あ!」

「あぁ!」

 ハーベィとトングルは顔を見合わせて同時に叫んだ。

「ミーザ!」

「そうか。ミーザはドラゴンライドの経験があるのか」

「えーっと……。経験があるというか、なんというか」

 スレイの問いかけにトングルは口ごもる。

「お恥ずかしい話ですが、ミーザは、……あの野郎はあんなヘタレなんですが、元暴飛族ぼうひぞくでして」

 スレイは思わず破顔する。

「ワハハ!そうか。あの若者は、元暴飛族か。それはいい。それは期待できるな。では、頼む。だが、キュキィは別格だから気をつけろとも言っておいてくれ」

 そう言うと、スレイはトングルに王への報告を書いた紙片を渡し、肩を叩いて「頼んだぞ」と促した。トングルはすぐさま「ハッ!お任せください!」と言い残し、坑道を駆けて行った。


「さて、ハーベィ。さっきの質問だが、再び行われるであろう襲撃時に、ニンゲンどもはここを使うと思うか?」

「さて。私には軍略の頭がないので、なんとも言えませんが……。せっかくなので使うんじゃないですかね」

「そうだな。その可能性は高い。だが、ヤツラにとって、この魔法陣を使うのは回数を重ねるほどにリスクが高まるものに違いないと私は思うのだ」

「なるほど」

「故に、こことは違う場所に魔法陣を張っている可能性も考えない訳にはいかぬ。しかし、この鉱山内にある魔法陣がここだけだったとしたら?」

「今日にでも、いや、今にでもヤツラがここにやってくるという事ですか?」

「あぁ。ヤツラはおそらく、いくつかのリスクヘッジを重ねた後に、ここに現れる。私はそう思うのだよ」

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