第4話 陣

「あっ、スレイ様だ。こんにちはー!」

「スレイ様、ようこそー」

「スレイ様、来て下さったんですね。嬉しいです!」

 すれ違う坑夫が口々にスレイに朗らかに話しかける。作業を止めて微笑みかける者、作業の手を止めずに挨拶する者、様々だが、皆、スレイに親しみを込めて声をかけている。

「あぁ。みな、ご苦労。いつもありがとう。皆の頑張りは、王にもしかと伝えるからな」

「くれぐれも事故と病気には気をつけてくれ」

「労働環境改善のアイディア等、なんでも気が付いたら所長なり私なりに伝えてくれ」

 スレイは思いつくままにすれ違う者達に言う。

「おぉ、そうだ。そこの……あぁ、君はミーザ、だったな。ミーザ、所長を呼んできてくれないか。私は今、トングルの案内で、ニンゲンどもが突然現れたという場所に向かっている」

「あ、は、ハイ!」

 ミーザと呼ばれた若い坑夫はショベルを脇に置いて走って行った。

 ミーザの足音が遠ざかるにつれ、静寂が訪れる。坑夫の手が止まっている。切り替えようと張っていた気持ちが哀しみの色に染まっている。坑夫たちはそれぞれに何かを思い出し、やりきれないといった表情を浮かべている。

「すまぬ。不用意な発言だった……」

 スレイは呟く。

「こ、こちらです」

 トングルは歩みを早めスレイを案内する。

「ニンゲンどもめ……」

 スレイの牙が深く下唇に刺さり、顎にかけて一筋の線が描かれる。坑道は薄暗く、その色までは分からない。


「すみませんね。こんなに薄暗く埃っぽいトコロにご足労頂いて」

 押し黙ってついてくるスレイに気圧されたのか、トングルは口を開いた。

「何を言う。私には不向きな労働をしてくれている皆の日常の中に、今の私はいられるのだ。これほど幸せな事はない」

「ゴブリン族、オーク族がこの鉱山の主な構成員ですが、皆、充実した毎日を送っていますよ。これもひとえに、スレイさまの采配とお気遣いのおかげです。みな、感謝しています」

「我々にはそれぞれに個性、強みがあるからな。それを活かす場で生きられる事がなによりだと思うのだ。私に不向きな事をここの皆はやってくれている。ここの皆にとって不向きな事を私がやる。それがいいと思っている」

 そう言って、スレイは歩みの速度を緩め、そして立ち止まった。

 そして、坑道の壁を拳で殴りつけ、「だからこそ、許せんのだ。同胞を殺したニンゲンどもを。そこに居合わせる事の出来なかった私を。それへの対抗策を予め講じる事のできなかった私を!」と叫んだ。

「す、スレイ様……」

 そう声をかけるトングルの目に涙が滲む。

「いや、すまぬ。急ごう。こうしている間に、再びヤツラがやって来ぬとは限らん」

 スレイとトングルは坑道を進む。


「この辺りです」

 そう言いながら、トングルは足を止めた。崩落対策の木枠が壁と天井に張り巡らされた坑道、今まで通ってきた道はさながらメインストリートといったところか。現在二人が立っているメインストリートから外れた坑道は入り組んでいて規則性なくあちらこちらに暗い穴を覗かせている。

「これは、案内がないと来れないところだな。今、見えている分かれ道の中には浅いものも深いものもあるのだろう?」

 スレイはトングルに問う。

「えぇ。その通りです」

「今回の襲撃に先立ってこの鉱山、この坑道に侵入したニンゲン族がいなかったか? 今回の襲撃よりも以前、侵入したニンゲン族を追っていた者がこの辺りでそやつらを見失ったという事は無かったか?」

「えっと……。すみません。そこまでは分かりかねます」

 申し訳ないといった体でトングルは顔を伏せる。

「いや、いいんだ。責めてなどいない」

 スレイがそう言った時、「スレイさまー。遅くなってすみません。お待たせしましたー」と一人の大柄な男が駆け寄ってきた。他の坑夫と同様の作業ズボンを穿き、だが、上半身にはシャツを着ている。上半身裸ではない初めてのこの坑道の構成員だ。首にはタオルをネクタイのように巻いている。トングルとは違う、鉤鼻に尖った耳、ゴブリン族だ。

「あぁ、忙しいところ、呼びつけてすまない。これは火急の案件だと判断したのでな」

「そうでしょうとも。ミーザに場所を聞いた時にピンと来ました。早速の調査、ありがとうございます」

「して、ハーベィ。麓入口の防衛にぬかりはないと思うが……」

「も、もちろんです!」ハーベィ所長は背筋を正す。

「今、トングルにも聞いていたのだ。この辺りに急にニンゲンどもが現れたらしいが、その襲撃に先だって、侵入してきたニンゲン族がこの辺りで消えた……という事は無かったか?」

 ハーベィは目を見開きしばし押し黙る。そして、目玉をクルクルと動かした後に「あ!そう言えば、そんな事がありました! ニンゲン族の二人の侵入者を追いかけていたところ、見失ったのがちょうどこの辺りだったと聞いております」と、言った。

「ふむ……」スレイは右手を顎に当てて考えている。

「も、も、もちろん、そいつらの大捜索はしました。ですが、どうしても見つける事が出来なかったのです。小柄で軽装の二人でしたので、我らに見つかる事なくこの鉱山から抜けたのだと……」

「よい、責めてはおらぬ」

 スレイはハーベィの言葉を遮る。

「私も噂でしか聞いた事がないのだが」

 スレイはトングルとハーベィの顔を見ながら言う。

「ニンゲン族の中には転移魔法とやらを使う者がいるらしい」

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