第3話 坑道

「ありがとう、キュキィ。お疲れ様。帰りも世話になる。それまで、どうかゆっくりと身体を休めておいてくれ」

 スレイは白く輝く鱗が美しい翼竜に声をかける。城からサマイグ鉱山までの道程は早馬で三日かかるが、スレイはその翼竜の背に乗り空を駆け、半日で辿り着いた。

「キュロロロロ……」

 キュキィと呼ばれたその白い翼竜はスレイに応え、身体から力を抜きその場に横たわった。サマイグ鉱山、その中腹の岩肌にせり出した岩盤を平らに削った発着場。その山側の付け根には坑道が口を開けている。

「私が呼ぶまでは自由にしていていい。あぁ。いつもの合図で呼ぶ。が、どうやら、現在、この鉱山にはしょっちゅうニンゲンどもが襲撃に来ているらしい。ニンゲン族の気配には気を配ってくれ。くれぐれもあいつらに見つかり、襲われないように気をつけるのだぞ」

「キュロロ……」

 横たわったまま、キュキィは返事をする。それを見届け、スレイは坑道に入って行く。


「あ、スレイ様。いらっしゃい!」

 スレイに声をかけてきたのは上半身裸の男だ。

「あぁ、久しいな。トングル。息災でいたか?」

「えぇ……。と、言いたいところですが、ここのところ、ヤツらの襲撃が頻繁でして」

 トングルと呼ばれた男はその毛深い腕で茶色い顔の汗を拭う。

「すまぬな。仕事中の手を止める事になるが、オマエにも聞いておきたい。もちろん、この後、所長にも会うのだが、今日私が来たのはそのニンゲンどもの襲撃への対策を講じる為なのだ。現場の者の意見も聞いておきたい」

「もちろん、構わないですよ。スレイ様に話を聞いてもらえるなんて、こんなに光栄な事はありませんから」

 そう言うトングルの上を向いた鼻はひくりと穴を広げ、垂れ下がった耳はふわっと揺れた。オーク族は感情を素直に身体で表現する。スレイと会えたこと、話せる事を喜んでいるようだ。


 坑道の脇に転がっている岩に二人は腰を掛ける。汗と埃に塗れた作業ズボンのトングルと、上質な生地で仕立てられた紺色のスーツに身を包んだスレイ。坑道の砂や埃で汚れる事を二人は気にとめる事もない。

「被害状況はどのようなものだ」

「えぇ……。正確な数は分かりませんが……」

「お前たちは数字などではない。思ったままを話せ」

「オレが仲良かったトコロで言うと……。ゲェズとトゥローが死にました……」

「そうなのか。辛い事を喋らせてすまぬ」

「いえ!聞いてください。勇敢だったんです。アイツら。突然やってきたヤツらに対して決してひるまず、すぐそばには武器も無かったもんですから、鍬やショベルで時間稼ぎの為にと立ち向かっていったんです」

 トングルは涙ぐみながら続ける。

「『オマエらは武器を取りに行けー』って言ったのが、オレが聞いたゲェズの最期の言葉でした」

「そうか。勇敢だったのだな」

「えぇ」

「ゲェズとトゥローの墓には後で向かおう。ケガ人も多く出たのか?」

「重傷者が数名、軽傷が十数名と聞いています。救護室にも寄ってやってください」

「あぁ。もちろんだとも」

 スレイは沈痛な面持ちでトングルの言う事を聞いていた。そして、しばしの沈黙。スレイは坑道の暗い天井を見上げる。下唇を噛むその姿には八重歯と呼ぶには長い牙が見える。そこにジワリと血が滲む。キュキィが寝そべっている坑道の口から差し込む光がその紫の血に反射する。

「トングル」

 沈黙の後、スレイは訊ねた。

「ニンゲンどもが突然現れたと言っていたな。武器も近くに無かったと。では、そこはふもとの入り口では無かったという事だな」

「そうなんです。坑道の中層、『なぜ、こんなところから』という場所から、アイツらは現れたんです」

「よし、そこへ案内してくれ」

 スレイは立ち上がり、拳を握りしめる。

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