第2話 懸案

 後ろに扉が閉められる音を聞きながら、スレイは王が座る玉座へと進む。玉座の間は廊下よりは明るい。が、ろうそくの本数が増えたに過ぎず、やはり薄暗い。スレイは一般的な身体能力の者の剣戟の間合い、その倍の距離に玉座から控えて膝をつき頭を垂れた。

「スレイ、ただいま参りました」

「あぁ、ご苦労」

 低く厚い声だ。大型の肉食獣の唸り声にも似た声が玉座からスレイに向かって降ってくる。

「さて、厄介な懸案ばかりだったと思うが。スレイ、まずはオマエの目から見た緊急度の高さで順に話してくれぬか」

 王は玉座に深く座りながら、スレイにそう促す。

「はい。まずは、サマイグ鉱山の件ですね。一番緊急度が高いのはあそこでしょう」

「ふむ……」

 王は顎に右手をやり、たてがみ越しに自分の顎と頬を撫でる。

「どうやら、今はあの鉱山がニンゲン族にとっての一番の襲撃ポイントになっているようです」

「あぁ。聞いている。そのようだな」

「私もサマイグ鉱山の現状を把握しておきたいので、直ぐにでも出発したいのですが、どうか、ご許可を」

「まあ、待て。まずはオマエの一連の報告を聞いてからだ」

「はい。次に、国家プロジェクトとして動きだしております、ツェツェ砂漠の緑化事業についてですが。都市部の国民の糞尿を砂漠へ運ぶその経路においていくつかの問題が起こっているようでして」

「ふむ。申してみよ」

「有り体に言えば、『においと衛生環境を保障しろ』と申し立てる住民の数がじわじわと増えてきております」

「なるほど。では、こういうのはどうだ。糞尿の輸送を夜間に行うというのは」

「慧眼でございますな、王。しかし、そこには夜間の音の問題と、冬場には凍結の問題が生まれることでしょう」

「確かにそうだな。スレイ、妙案はあるのか」

「我が国には多種多様の種族が暮らしております。そして、その中にも様々な個性があります。適材適所な人材を見つけて、交渉していく事が得策か、と」

「よし、その件についてはスレイ、オマエに一任しよう。その件に関する人事権は全て任せる。予算に関する問題は財務大臣と交渉してくれ。財務大臣にはスレイが来たら必ず時間を作れと通達しておく」

「ありがとうございます。続きまして、北方の山の万年雪を溶かして用水路に引き込む事業、万年雪活用プロジェクトに関してですが」

「ふむ」

「フレイムドラゴン互助会、サラマンデル互助会、この両者間に確執が生まれつつあるようで、彼らの調停役となる者が必要かと」

「それも放っておくわけにはいくまい。急いだほうが良さそうだな」

「はい。何事も後手に回って良いモノなどございません」

「ふむ……。しかし、鉱山、砂漠と都市部、雪山、全てをスレイ、オマエに任せる訳には行くまい」

「いいえ、王よ。砂漠と都市部の問題については腹案がございます。そして、それを遂行できる能力が我が執事バルバスにはあります。お任せください」

「では、任せるとしよう。鉱山と雪山はどうする?」

「雪山に関しては、反対派の学者がいるとも聞いています。情報の精査が必要かと思っておりますが、とりあえずは私が行くまで事を荒立てるなと、フレイムドラゴン互助会代表と、サラマンデル互助会代表に通達しておきます。鉱山の件が片付き次第、私が向かいます」

「うむ、頼りにしているぞ、スレイ」

「ありがとうございます」

「火急の案件はそんなところか」

「はい。ですが、その他の案件につきましても、王と情報共有をしておきたく思います。各情報と、私なりの知見をまとめたものをバルバスに渡してあります。王のお時間を頂戴出来る時、いつなりとバルバスをお呼びください」

「あい、分かった。ご苦労だった。それでは、まずは鉱山だな。頼む」

「ハッ!」

 スレイは立ち上がり、一礼をして王の間を出る。

 扉を閉め、ダズとデーズに「ありがとう。引き続き、王の守護を頼む」と言い、デーズの隣に立っているバルバスに「私はこれからサマイグ鉱山に向かう。渡してある資料について今、私に聞いておくことはあるか?」とスレイは言う。

 バルバスは資料を大事そうに抱えながら、「いいえ。ここに書いてあるスレイ様のお考えは全て理解しております。もちろん、私の浅慮を挟む事など致しません。お任せください」と言う。

「うむ。頼りにしているぞ、バルバス。そして、王の許可も得た。砂漠緑化事業のあの件は任せる。では、行ってくる」

 スレイはそう言うと颯爽と廊下を歩いて行く。

「かしこまりました」

 深い礼をしながらバルバスは言う。スレイが見えなくなってもバルバスは礼をしたままの姿勢だ。

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