第13話
カマルを連れて小屋に帰ると、セイジは一番にカマルの部屋でその体を見せてもらった。魔王に囚われている間に怪我をしていないか確かめたかったのだ。下着姿のカマルは恥じらっていたが大人しくセイジに従っている。
腕を取ってじっくりと見て、隠れた胸や足の間は見ないように気を付けつつ、胴や太ももや脚に傷がないか確かめる。大きな傷はなかったが縄の擦れた後はあった。
「カマルさんの肌を傷つけるなんて許せん」
手を翳して擦れた痕を一つ一つ丁寧に癒していく。魔王が付けた痕がカマルに残っているのが許せない独占欲もあった。セイジに癒されるとカマルはシャワーを浴びに行く。
バスルームとリビングは直結しているので、カマルがシャワーを浴びている間はセイジはイオと二階の部屋にいた。今回も魔王に逃げられたことに関してイオは不満そうではあったが、仕方がないとも思っているようだ。
「カマルさんをあんなに変質的に大事にしてたのに、命が危なくなると盾にするなんて最低です」
「魔王だからな。カマルさんが無事でよかった」
呟いてからセイジはじっとイオの顔を見つめる。ふわふわの金色の髪に青い目のイオは不思議そうにセイジを見つめ返している。
「その……カマルさんと俺のことだが……」
「イオは師匠の恋路なんて知ったことではないのです。カマルさんはイオに美味しいお菓子を作ってくれる。だから助けるのです」
「お前はそういう奴だよな」
苦笑しつつ、イオの前でカマルと抱き合ったのに態度の変わらないイオに、セイジは安堵してもいた。気を遣われても気まずいし、カマルもイオの態度が変わったら気まずいに違いない。
「お腹が空いたのです。晩ご飯はミートローフにしてください」
「分かった分かった」
「肉団子と卵とワカメのスープもつけてください」
カマルの治療を優先させたので夕食には遅い時間になっている。おやつでパンを一斤近く食べたのにイオのお腹はきゅるきゅると鳴いて空腹を訴えていた。
バスルームからカマルが出て部屋に行ったのを確認して、セイジはリビングに降りてキッチンに入る。対面式のキッチンにしたのは、料理を運びやすくするためだけの理由だったが、イオとカマルと暮らすようになってこの作りでよかったと思うことが多かった。
まだイオが小さい頃には妙なことをしていないか見張りながら食事を作らなければいけなかったし、カマルが来てからはカマルが部屋に入って来たのがすぐに分かる。
濡れた髪を纏めてカマルはリビングに入って来てセイジの隣りに立った。
「お手伝いします。玉ねぎのみじん切り、できますよ?」
「シャワーを浴びた後だろう。手が玉ねぎ臭くなるよ」
「平気です、それくらい」
させてくださいと言って玉ねぎのみじん切りをするカマルは手際がいい。魔王に囚われていた期間もお菓子作りはしていたし、料理の才能があったのだろう。カマルに玉ねぎをみじん切りにしてもらって、卵とパン粉とひき肉と混ぜてガラス容器に入れてオーブンで焼く。焼いている間に肉団子と卵とワカメのスープも作った。ついでに蒸し野菜のサラダも作る。
出来上がってテーブルに乗せると、イオは待ちきれない様子でフォークとナイフを構えている。きゅーという音がしてカマルの方を見れば、恥ずかしそうにお腹を押さえていた。
「魔王の元で何も食べていないので」
「そうだったのです、カマルさんにはおやつが残っていたのです」
「それはイオ様が食べていいですよ。晩ご飯で私はお腹がいっぱいになりそうです」
食べていいと言われていそいそとお弁当箱を取り出したイオは、蓋を開けて衝撃を受けていた。魔族の居住地に充満する瘴気は何でも侵してしまう。変質して食べられる状態ではなくなっているナッツとレーズンを入れて黒糖で甘くしてクリームチーズを挟んだサンドイッチに、イオはぎりぎりと歯噛みしていた。
「絶対に魔王は許さないのです。次こそはすり潰します」
「魔王が退治されて私は平気なのでしょうか」
「カマルさんは聖女だから平気なのですよ」
自信満々で答えるイオに、セイジもそんな気がしてきていた。
聖女が産んだ聖なる水源を探せる人材なのだ、カマルは本当に聖女かもしれない。半分だけ魔族の血を引いていることなど聖女の条件としては関係ないのかもしれない。
「私は聖女なんかじゃありません」
「出来立てのミートローフなのです! いただきましょう!」
ミートローフにイオがナイフを入れると中から肉汁が溢れて来た。
セイジとイオとカマルの生活はまた平穏に戻った。
魔物退治でイオが手に入れた金貨で、セイジとイオはカマルに動きやすい服装や新しい服、靴などを買い揃えた。山の中に出るときにカマルに小屋に残っていてもらえばいいのだが、一緒に行く方が安全な場合もある。そういうときのために山歩きができる格好は必要だった。
「こんなに買ってもらっていいのですか?」
「カマルさんに似合うよ。カマルさんは美人だから」
「セイジ様は、私に甘すぎます」
買い揃えたカマルの服の他にも、セイジはイオの服も選んだ。成長期のイオは少し背が伸びた気がする。毎日大量に食べているので成長していない方がおかしいのだが。
シャツやズボンを新調したイオは美少年なのも相まって、どこかの貴族のようだった。最初にイオが捨てられていたときに山に迷い込んだのかと思っていたが、制御できない力を持つイオを持て余して両親は捨てたのだろう。
「師匠、お昼ご飯を食べて帰りましょう!」
「それだけはダメだ。お前の食べる分を支払うと破産する」
「イオが稼いだお金ですよ! イオが自由に使っていいはずです」
「昼ご飯は俺が作ってやるから、我慢しろ」
言い争っていると、聞いているカマルがくすくすと笑っている。魔王の元で泣き顔を見てしまったが、笑い顔は久しぶりに見た気がして、セイジは心が明るくなる気がする。カマルの一挙手一投足にセイジは目を奪われてしまう。
「イオ様、私も帰ったら何か甘いものを作りましょうね」
「それなら、帰るのです」
セイジの料理よりもカマルのお菓子の方がイオにとっては魅力的なようだった。小屋に戻るとカマルとイオは買った服を片付けに行って、セイジはキッチンに立つ。毎度のことだが、イオの食事に関しては困りものだった。量が多くて簡単に作れるものでなければいけない。
パスタを二掴み塩を入れた沸騰したお湯の中に入れて、隣りのコンロにフライパンを乗せてベーコンと玉ねぎを炒めてトマトとミルクを注ぐ。塩コショウで味付けして、大量のトマトクリームパスタを作り上げて、セイジはイオの分とカマルの分と自分の分を分けた。
イオの分は山盛りで、カマルの分は少しで、セイジの分は普通の一人前程度。
テーブルに並べて紅茶を淹れているとカマルとイオが戻って来た。カマルは新しいワンピースに着替えている。
明るい色が似合うカマルにセイジが進めたのは淡いラベンダー色のワンピースに白いフリルがついたものだったが、それはとてもよく似合っていた。
「カマルさん、綺麗だな」
「セイジ様……ありがとうございます」
「師匠、食べていいですか?」
「分かった、どうぞ、召し上がれ」
カマルと良い雰囲気になろうとしてもイオがいる限り無理だとセイジは悟っている。促すとイオはフォークにパスタを巻き付けて大口で食べ始めた。
もぐもぐと食べている横でカマルが控えめにパスタを頬張る。
「美味しいです」
「カマルさんのデザートも楽しみなのです」
食事を摂りながらも既にデザートのことを考えているイオの胃袋は異空間なのではないだろうか。そんなことを考えながら、セイジも食べ始めた。
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