第11話
「街に出ていた魔物を退治してきたのです。賞金をもらったので、カマルさんが欲しいものがあればなんでも買ってあげるのですよ」
「どれだけ倒したんだ!」
金貨の入った袋を持ち帰って来たイオに、セイジは思わず突っ込んでしまっていた。どんっとイオがテーブルの上に置いた袋にはぎっしりと金貨が詰まっている。慎ましく暮らしていれば、普通の市民ならば半年は暮らせそうな額だった。
それだけ魔物が街に現れているというのも問題だったが、イオが倒したのはそれだけでない。
「魔族もいたのです。魔族が魔物を操っていたのです」
「魔族が……やはり、私がここにいるせいで」
イオの言葉はカマルを不安にさせるには十分だった。魔王がカマルに執着していることを知っているからこそ、見せつけるように魔族に魔物を操らせてカマルたちがいる山の近くの街を襲わせているというのも、可能性としてなくはない。
青ざめた表情のカマルにイオが拳を握る。
「大丈夫です! 被害が出る前にイオが捻り潰すのです!」
毎日イオが街まで降りて守っているのならば安心ではあるが、イオがいないときを狙って襲って来られては困る。
「街に結界を張ろう。それでかなりマシになるはずだ」
「イオが賞金をもらえなくなるじゃないですか!」
「賞金よりも街のひとの安全だろう」
それほど他人に興味はないが、戦えない相手を魔族が狙っているのはさすがにセイジも見過ごせなかった。山を下りる前に魔王の腕をすり潰した石を持っていく。魔族の王である魔王の気配が強く残るその石は、結界を張るためのいい媒体になるだろう。
街に行けば警備兵たちからイオは声をかけられる。
「イオくん、さっきはありがとう!」
「いつもこの街を守ってくれて助かるよ」
「俺たちでは太刀打ちできない魔物のときもあるからな」
訓練を受けて王都から派遣されている警備兵だが、この街はそれほど大きくないので数は多くない。どれだけ集団で戦う訓練を受けていても、同時多発的に魔物が現れてバラバラになってしまうと、それぞれの力が発揮できない。
守って追い払うことはできても、止めを刺すことができないので、また魔物が街を襲って、戦いの繰り返しになってしまう。それが一番警備兵たちを疲弊させる。
魔物に止めを刺して、魔族も倒せるイオの存在は彼らにとってとてもありがたいものになっているのだろう。
街の中心部の広場に来て、セイジは魔王の腕をすり潰した石を広場の中心の噴水の中に落とす。石を媒体にして結界の魔術を編んでいくと、街全体が繊細で緻密に編まれた魔術の網に覆われたようになっていく。
「ひとは出入りできるが魔物は出入りできない結界を張っておいた。これで魔物は街の中に入れないだろう。街から出るものはくれぐれも注意して、護衛を付けるように伝えてくれ」
イオに声をかけていた警備兵たちに説明をすると、セイジは感謝される。
「世界最強の魔術師様とイオくんがいてくれて良かった」
「本当にありがとうございます」
「魔王が倒されればいいのに」
魔王を倒すという言葉に、カマルがびくりと震えたのをセイジは見逃さなかった。
「カマルさん、魔王がいなくなっても、あなたが処刑されることはない」
「私は既にこの街にご迷惑をかけています。私のせいで魔族たちがこの街を襲っている」
「カマルさんのせいじゃない、身勝手な魔王のせいだ」
言葉を尽くしてセイジはカマルを説得しようとするが、カマルはもう聞きたくないというように首を振って拒否をする。
「お世話になりました。何も恩返しができなくてごめんなさい!」
掴んだ手を振り払ってカマルが走り出す。白い花柄のワンピースが翻るのをセイジは一瞬呆けたように見ていた。
「師匠、何をしているのですか! 追いかけないと!」
「そ、そうだ! カマルさん! 待って! 待つんだ」
イオに叱責されて我に返ったセイジはカマルを追いかける。足の速さも肉体強化の魔術でどれだけでもあげられるし、捕まえるのは簡単なはずだった。
それなのにカマルの姿が見えない。
「何か、術を使われた!?」
カマルは魔術を使えるとは言っていなかったが、アメジストのペンデュラムを使うことができる。絶対に見つからない道をペンデュラムで探したのだとすれば、逃げられてしまってもおかしくはない。
「カマルさん! カマルさん、どこだ?」
街の中に長々と残ってはいないだろう。
カマルは心を決めたのならば、自分の命を絶つことも厭わない潔いひとだ。
心配でセイジは自分の手が震えていることに気付いた。
魔術でカマルの居場所を探したセイジが気配を感じたのは、魔族の居住区の中だった。セイジとイオの傍から離れたカマルを、魔族が回収して行ったのだろう。
「カマルさんは魔王城に戻されている」
「やることが素早いですね。カマルさんを取り返しに行かないと」
「俺も行く」
宣言したセイジにイオが驚いている。
魔王がいることはずっと分かっていたが、セイジは積極的に関わって行こうとはしていなかった。聖女が攫われたのもセイジが生まれる前のことで、聖女が無事ではないことは分かり切っていた。ときどき部下を使って他の領地に魔物を発生させる魔王は、発声させた魔物も部下もほとんど警備兵や冒険者に撃退されていたし、小悪党に過ぎなかった。退治するまでもないとセイジは思っていたのだ。
それが今は状況が全く違う。
魔王が大して侵略に興味がなかったのは、カマルという異母姉がいて満たされていたからなのだ。カマルを脅し、支配して、自分が他の女性の魔族と陸み合う様子まで見せていた変態シスコン魔王を、ずっと抑え続けていたのはカマルの忍耐だった。
カマルという枷が外れて、魔王は山の麓のそれほど大きくない街に侵略を繰り返している。
イオがいなければ警備兵の少ない街はすぐに壊滅していただろう。
「カマルさんの犠牲でこれまでの平和は保たれていたんだ。カマルさんが戻れば魔王は大人しくなるかもしれないが、カマルさんは……」
自ら命を絶ちたいと考えるくらい追い詰められた生活を強いられることになる。
それがセイジには許しがたかった。
セイジにとってカマルはもう大事な相手になっていたのだ。
「俺にはカマルさんが必要だ。それをもっと早く言っておけばよかった!」
カマルさえ戻れば魔王はどうでもいいのだが、これからも邪魔をしてきそうだから封印してしまうに限る。魔族にも二度とセイジとイオに関わらないように知らしめておかなければいけない。
セイジの決意は固かった。
「それじゃ、師匠、お弁当ですね!」
「はぁ?」
「魔王を退治するにはお腹が空くじゃないですか。お弁当が必須です!」
伝説の武器でも、最高の魔導書でもなく、イオが求めるのはお弁当ただ一つ。
ここでイオの機嫌を損なって魔王退治にでかけられないというのも困るので、セイジは渋々お弁当を作る。ナッツとレーズンを入れて黒糖で甘くしたパンにクリームチーズを挟んで、サンドイッチにして一斤分詰めると、イオは大きなお弁当箱を抱えて満足そうに出発の準備を始めた。
魔族の居住地までは移転の魔術で飛ぶことができるが、それは入口までのこと。そこから先は濃い瘴気が立ち込めて、移転の魔術を使うことができない。
「勇者の一行が来たぞ!」
「首を切れ! 四肢をもげ!」
「ケルベロスの餌にしろ!」
ケルベロスやコカトリスやバジリスクをけしかけてくる魔族に、立ち込める瘴気に顔を顰めながら、セイジが魔術を放つ。炎の魔術で焼かれても飛びかかって来るケルベロスは、イオが手を振って衝撃波で首を落とす。
魔王城までどれくらいの敵がかかってくるのか。
「お前らの魂に恐怖を刻み込んでやる」
全て倒して行けば二度と魔族は人間を襲って来たりしないだろう。
暗く微笑むセイジに、イオが「師匠、変な顔なのです」と言っていた。
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