第10話

 みじん切りにした玉ねぎと卵とパン粉と塩コショウをひき肉に混ぜて、薄いハンバーグを焼く。しゃきしゃきのレタスとチーズを挟んでトマトソースで味付けをしたら、ハンバーグサンドの出来上がりだ。

 イオに四個、セイジに三個、カマルには食べやすいように三角形に二つ切りにした一個を皿の上に置いて、昼食にする。淹れ立てのミルクティーとハンバーグサンドだけのシンプルな昼食だが、イオはハンバーグが大好きなので文句は言わない。

 基本的にイオに嫌いな食材はない。好きなものはハンバーグや肉団子のスープなどのひき肉を使った料理と、甘いもの。甘いものがこんなにも好きだったと気付いたのは、カマルが来てからなのだが。

 豪快にかぶりついて食べているイオと、ちまちまと端の方から齧って食べているカマル。こういう食事にはあまり慣れていないのだろう。後ろから具が零れそうになって慌てている様子も可愛い。

 年が上でもセイジにとってカマルは可愛い存在だった。

 肉欲が先に来てしまいそうになるのは、カマルもそれなりの年齢で、セイジも成熟した大人だという考えがあるからで、実はカマルは魔王の元で閉じ込められていたので世間を知らないのではないかとセイジは思い始めていた。

 最初からそんな予感はしていたが、年相応よりもカマルの行いは幼く、純粋に見える。


「カマルさんは字が読めるのか?」

「はい、読めます。魔王城で私の唯一の楽しみが読書でした」


 本を読む魔族はほとんどいなかったようだが、魔王城にも書庫があった。凄惨な歴史や物語や拷問の資料が多かったが、探せばほんの少しだけ人々の暮らしについて書いた本や物語もあって、それを読むときだけがカマルの心の平穏を保てるときだった。

 話を聞いてセイジは昼食を食べ終わって片付けをすると、二階の書斎にカマルを招いた。昼食を食べ終わるとイオは外に行ってしまう。また何か獣を狩って来るのか、魔物と戦って来るのか分からないが、その辺はイオの好きにさせていた。

 最近は街にも魔物が発生する事件が多く起きているという。恐らくはイオはその退治に出かけたのだろう。

 本を傷めないように日光があまり入らないようにしている書斎は薄暗く、二人で入ると妙な気分にならないか心配だったが、カマルの様子を見ているとそんなことはなかった。天井まである本棚にカマルが息を飲んでいるのが分かる。


「これ、全部本ですか?」

「魔術書が多いが、歴史の本や地理の本、物語も少しだがある」


 物語に関しては、イオの情操教育のために買ってきて揃えたのだが、イオは全く興味を示さず、誰にも読まれないままで放っておかれてしまった。本棚に手を伸ばし、ずしりと重い本を一冊一冊取り出して確認していくカマルの目は活き活きと輝いている。

 こういう時間がもっと必要だったのだとセイジは反省する。

 長年魔王城に閉じ込められていたカマルは、魔王に甘いものを作らされたり、酌をさせられたり、華美に着飾らされたり、魔王が他の女性の魔族と陸み合うのを見せつけられたりして、酷く傷付いていた。

 これまでイオのような元気いっぱいの強い弟子としか触れ合ってこなかったセイジにとって、カマルの扱いをどうすればいいかがよく分かっていなかったのだ。

 これまで遊んできた相手とカマルは全く違う。自分からセイジにしなだれかかって関係を求めるようなことはしないし、セイジの権力を利用しようとも考えていない。純粋すぎるカマルの姿に、セイジも戸惑っていたのだ。


「読んでもいいですか?」

「借りて行って部屋で読めばいい」

「私が借りていいんですか?」


 本というものは印刷技術の発展でかなり安くはなったものの、やはり手軽に手に入るものではない。それは街に降りて何度かセイジやイオと買い物をしているカマルには分かっているようだ。

 お金の存在すら知らなかったのに、カマルは本の価値を知るほど理解力が高い。


「好きなものを借りていいよ。分からないところがあったら、俺に聞いてくれ」


 嬉しそうに本を抱き締めて部屋に戻っていくカマルの背中を、セイジは見送った。



 キッチンに立ってカマルがお菓子を作っているのを、セイジは傍に立って見ていた。普段の食事作りならばセイジがレシピのレパートリーも多いのだが、お菓子作りに関しては全く知識がない。甘いものが嫌いなわけではなかったが、必要だとは思わなかったから作らなかったのだ。

 バターと小麦粉と砂糖と卵を混ぜて、カマルがクッキー生地を作っている。出来上がった生地を棒状に丸めて、カマルが切っていく。


「セイジ様は甘いものはお好きですか?」

「まぁ、好きかな」

「イオ様は大好きですよね」


 大量に天板の上に並べられていくクッキーをセイジは見るともなく見詰めていた。くすくすと笑いながら切ったクッキー生地を天板に並べるカマルは楽しそうだ。


「セイジ様とイオ様にお菓子を作るのが、私は楽しいんですよ」

「カマルさんが楽しいならよかった」

「作るたびに、セイジ様はミルクティーを淹れてくれるじゃないですか。香りがいいミルクティーがとても楽しみで」


 聞いていいのか分からずに黙り込むセイジに、カマルは自分から話し出す。


「魔王にお菓子を作らされるのは、正直苦痛でした。厨房で一人で作っている間はいいのですが、魔王が私と二人きりで食べている間、私は同席したくなかった」


 同席していると途中で部下からの伝令が入ることがある。そういうとき上機嫌だった魔王が手の平を返したように激高して、部下を殴る蹴るする。その光景が見たくなくて同席したくないのだが、魔王は絶対にカマルを手放そうとしない。


「血の繋がった相手が私しかいないというのもあったのでしょうね……」

「魔王のカマルさんへの執着は異常だったんだな」

「多分……私にはあの世界しかなかったから、分からなかったけれど、今ならばおかしかったのだと分かります」


 暴力を怖がるカマルを見て魔王は支配下に置いたような気分になっていたのかもしれない。そのために目の前でわざわざ暴力をふるう場面を見せつけたのかもしれないとセイジは思っていた。

 魔王がそれだけ執着することには意味がある。

 カマルが異母姉ということだけなのか、聖女との間に生まれたことが関係しているのか、それはセイジにも分からなかった。

 ただ、カマルの聖なる水源を探す能力が本物だということだけはセイジは身をもって知っている。


「カマルさんに聖なる水源を探させて、それを汚染しようとしたって前に聞いたけど、そういうときは魔王城の外に連れ出されたのか?」

「いいえ……私が絶対にしたくない、するくらいなら命を絶つと言って、断っていました。それで、魔王は私を魔王城から出したことはありません」


 水源を汚染する云々の話も、カマルを思い通りにさせるための脅しではなかったのかとセイジは考えていた。カマルを脅すことによって自分から離れられないようにする。そんなことを前魔王の時代から二代続けて三十年も続けてきたのだ。


「カマルさんは本当に聖女じゃないのか」

「え? 私は魔族の血が入っているのですよ?」


 聖女から生まれたのだから聖女であってもおかしくはない。実際に聖なる水源を見つける能力をカマルは持っている。カマルが聖女ではないのかという疑問は、セイジの心に残り続けた。


「ただいま帰ったのです。とてもいい匂いがしています! 何を作ったのですか?」

「お帰りなさい、イオ様。クッキーですよ」


 オーブンから焼き上がったクッキーを取り出したカマルが笑顔で帰って来たイオを迎えている。イオは声をかけられて驚いたようだった。


「師匠、こういうところですよ! カマルさんはイオが『ただいま帰ったのです』と言ったら、『お帰りなさい』って言ってくれました! 師匠は一度でもイオに『お帰りなさい』と言いましたか?」


 師匠のセイジの方が説教をする立場のはずなのに、イオに説教をされてしまってセイジは言葉に詰まる。


「別に言う必要がなかったからな。お前は押しかけ弟子だし」

「カマルさん、師匠が酷いのです。こんなに可愛いイオを押しかけ弟子などと言うのです」


 理不尽をカマルに訴えるイオに、カマルは笑っている。


「お二人は仲がいいんですね」


 焼き上がったクッキーをお皿の上に乗せながら言うカマルに、イオとセイジは同時に「そんなことはない」と答えていた。

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