後編
「待て!この試合は中止だ!」
熾天使はリングの外の審判に向かってそう叫んだ。
すると、それを聞いた兄が、
「おいおい、そんな事していいのか?
その場合、お前の棄権と判断され、弟が勝つことになるぞ?」
リングの外から熾天使に向かって言った。
「何を言っている!こんなの反則だ!
それに、そもそも此奴はお前の弟ではないではないか!」
熾天使は今すぐにでもこの試合を中止にしたい様子だったが、
試合にはいくつかのルールがあった。
そのうちの一つに、
『一度試合が始まれば、いかなる理由であろうと
途中で棄権することは認めない。
それでも棄権を望む場合は、当然その試合は相手の勝利となり、
棄権をした者は天界から追放されることとする』
という、熾天使自身が定めたルールがあった。
「棄権せずに此奴を殺したところで、
結局は同じことではないか!」
先程まで力強く槍を握っていた熾天使の手は
ガタガタと震えている。
「さぁ、熾天使。どうする?
お前には未来が見えているんだろう?
それなら、自分の身を犠牲にしても天界を救った方が、
少しは格好がつくんじゃないのか?」
兄はケラケラと笑いながら熾天使に言った。
「うるさい!うるさい!うるさい!
クソクソクソクソ!こんな事、あってたまるか!」
気が付けば、弟は熾天使の目の前まで来ていた。
「悩むのはいいけど、早くしないと本当に爆発するよ?
私を殺すなら、さっさと殺したほうがいいよ」
弟は熾天使に言った。
「貴様はそれでいいのか?
貴様には何の関係も無いだろうに、自らの命を犠牲にするのか?」
「関係なくはないよ。それに、私は死なないから。
ほら、早くしないと本当に爆発しちゃうよ」
意を決した熾天使は、
手に握っていた槍で弟の腹を一突きした。
弟が腹から血を流しながらその場に倒れこむと、
会場中に試合終了のゴングが鳴り響いた。
やはり、今回も熾天使の勝ちだ。
誰も熾天使に勝つことなどできない。
しかし、試合に勝ったはずの熾天使の額から汗が止まることは無かった。
そこでようやく何かの異変に気付いた客席から、
先程までの歓声とは異なる、動揺めいた声が聞こえてきた。
観客たちの視線は、一斉にリングの上の弟に向けられている。
だが、そこにいたのは弟ではなく、
腹から血を流して倒れている人間の女性だった。
「試合に勝ったのはお前だ。
だが、お前が殺したのは俺の弟じゃない。
お前が殺したのは、人間の女性だよ。
たしか天界のルールの一つに、
『いかなる理由があろうと、人間界の事象に干渉してはならない』
っていうのがあったよな?
これは天界で起こった出来事だが、彼女は人間だ。
お前は、人間の女性を殺したんだ。
つまりお前は、人間界の事象に干渉したことになるよな?」
リングの中央で膝から崩れ落ちている熾天使に向かって兄が言った。
「・・・こんなの、許されるはずがない。
私は無罪だ。
こんな事があっていいはずが無いんだ・・・」
熾天使は目の前で腹から血を流して倒れている女性を見つめながら、
ブツブツとそう口にしていた。
「おい、見てるんだろ!熾天使の処罰はお前らに任せる!
それより、早く彼女を生き返らせてくれ!!
あの時みたいに、時間を巻き戻してくれよ!!」
兄は会場中に響く声でそう叫んだ。
すると、兄の真後ろに何処からともなく天使が現れた。
「私の名前は智天使。
九つある『天上位階級』のうちの第二の階級。
熾天使の一つ下の階級にあたる天使だ。
お前のやったことは許されることではない。
だが、お前の言う通り、
いかなる理由があろうと、熾天使が人間の女性を殺したことは事実だ」
それから智天使は人間の女性を生き返らせると、
身体を拘束した熾天使と共に、どこかへと消えていった。
「僕らのワガママに付き合わせて悪かったね」
兄弟はスタンプを七つ集めると、
あの時に母が助けようとした女性に会いに行った。
彼女も最初は兄弟の話を信じようとはしなかった。
だが、幼い頃に見ず知らずの男にレイプされたことは、
両親すら知らない事実だった。
兄弟から全てを聞いた彼女は、二人の言うことを信じ、
二人の復讐の手助けをすることに決めた。
「そんな事、気にしないでください。
別に死んだわけじゃないんだし。
・・・まぁ、一度は死んだけど。
それに、あなたのお母さんが死んだのは、私のせいでもあるし」
スタンプを七つ集めた弟は、
『一時的にでいいから、彼女を僕と瓜二つの堕天使にしてくれ』
という願い事をした。
同じくスタンプを七つ集めた兄は、
弟に扮した彼女と一緒に天界へ行くと、
『俺の代りに、ここにいる弟を熾天使と戦わせてくれ』
とお願いをしたのだ。
「それは違うよ。
僕たちの母を殺したのは君じゃない。
僕たちの母を殺したのは、君の心に一生の傷を負わせた、
あの男だよ」
「・・・そうですよね。
それで、これからどうするんですか?
お兄さんは捕まっちゃったんでしょ?」
熾天使との試合後、人間界に身を潜めていた弟のもとに、
智天使の使いがやってきた。
智天使の使いは弟に、
「お前たち兄弟には、今回の騒動の罰として、
それぞれに使命を与える。
お前の兄は、天界の牢獄に拘束している。
そして弟であるお前は、そのまま現世に留まり、
冥界から放たれた四十四体の悪魔を見つけ出し倒してもらいたい。
四十四体の悪魔を倒すことが出来れば、兄を牢獄から解放してやろう」
と告げた。
「捕まりはしましたけど、一応は無事みたいだし。
とりあえずは、智天使に言われた通り
現世にいる悪魔を倒すことにするよ。
それに、もっと強くならなくちゃ。
僕と兄の願いは、母を無駄死にさせた天界の者を一人残らず殺すことだから。
今の僕じゃ、智天使に一瞬で倒されちゃうからね」
人間界に残された弟は、
天界に囚われた兄を解放するため、
そして天界の者を一人残らず殺すために、
人間界で力をつけることを決めた。
天界に囚われた兄は、
彼自身に与えられた使命をこなすため、
そして天界の者を一人残らず殺すために、
天界で力をつけることを決めた。
これは、天使たちに母を殺された二人の兄弟の復讐の物語だ。
No.29&30【短編】堕天使スタンプラリー 鉄生 裕 @yu_tetuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます