第一章 8

見たこともない、薄い髪色の若い男が座り込み、実果を凝視している。飼い主だろうか、どこで目をつけられたのだろうか、思いはよぎるがしかし、彼は端正な顔立ちであったので、実果は嫌な気持ちにならなかった。


「声を上げないのか」


空を裂き胸を射るような声で男は言った。


「あなたは一体?」


実果は目を丸くして尋ねた。


「私は猫だ」


「そうなの」


飼い主ではなく猫の方らしい。実果は呆れて、顔以外を見る余裕ができた。彼は細身を猫の毛と同じ、真っ黒の服で包んでいた。背丈の割に、小さく体を丸めて押入れの狭い空間に収まっている。舐めるような実果の視線は男の声に遮られた。


「私は今日からここに住む」


実果の目が止まる。


「猫を飼えないアパートでも人は飼えるだろう。お前の許しは既に得ているようなものだがな、実果」


「た、確かに、似たようなことは言ったけど…」


人を飼うなど考えたこともない。第一、この家の住民は実果だけではない。父親がなんと言うか、見当もつかない。


「父親の許しはすでに得ている」


と男が言い放つ。この男の言葉は裁断機のようだと実果は思った。信じ難いことだが、かくして、実果は部屋で男を飼うことになった。

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