第一章 5

実果は同じクラスの日川涼という男子に興味があり、親しい間柄になれたらと思っている。入学してからふた月以上が経っても、一度も話せないままである。しかし、後藤ほどとは言わないまでも、稀に視線だけは合っていて、そのせいで、大凡のことは理解し合えている気になっている。


それでもまだまだ知らないことはたくさんあって、その一つを解き明かす機会だと考えた。日川は毎日昼休みになると教室から姿を消す。生徒は普通、昼休みになると教室で各々持参した弁当を囲むか、あるいは学生食堂で談笑する。どちらでもない行動をとるのは遅刻した実果を除くと日川くらいのものである。と、実果は認識している。要は日川がお昼にどこで何をしているのか突き止めようという腹積もりだ。


普段は日川を探せない。もしどこかで見つけたとして彼と二人きりになってしまったら、その場を訪れた理由を上手く説明できないからだ。教室や図書室から外れた、普通であれば実果がいるはずのない場所で日川と鉢合う気まずさは好奇心に勝る。しかし今日は学校の中で食事をとれない事情があり、暇潰しに辺鄙な所を歩き回れる口実がある。好機である。実果は散歩の皮を被った捜索を始めた。


他の教室を覗くのはいささか勇気が要るが、日川が年来の友誼に厚い男ならまず向かうであろう先ゆえ、避けては通れない。さも他クラスの知人を探しているかのような挙動で誤魔化しつつ廊下を駆けて、一年生の教室を順に見て行く。


実は実果はこれまでにも他の教室を覗いたことがあった。トイレに行く振りをして不自然のないように覗くのだ。実果の教室は7組で、廊下の最奥に位置する。7つのクラスの真ん中辺りにトイレが設置されているので、6、5、4組のことは日常的に覗けることになる。もちろん、トイレに行きすぎていると思われない程度の回数に抑えなければならないが。前半の3クラスを覗いても日川を見つけられなかった実果は、後半の3クラスを惰性で通過して足早に下の階に移った。


念のため下駄箱を確認したところ、靴はあった。外食に出たりはしていない。実果は日川の所属するバドミントン部の部室をはじめ、学校中を回った。めぼしいところは全て見たつもりだが、結局、日川は見つけられなかった。教室に入っても日川の姿はなく、授業の始まる直前まで表れなかった。


実果の脳裏には男子トイレがよぎった。これから実果はどうにかして、トイレを覗く手段を得なければならない。早いうちに男友達を作ろうと思った。頭の中の日川の虚像は膨らむばかりであった。

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