第一章 4

お昼休みの鐘が鳴る頃、実果は高校の門を潜った。大きな樫の木が出迎える。独り占めの校庭を練り歩いていたのも束の間で、端の方から髪の濡れた生徒らがわらわらと出てきた。水泳の授業を終えた一年生だ。実果を見つけた同級生が指を指す。実果は小さく照れ笑いをして見せて、慌てた素ぶりで頭を掻きながら校舎に駆け込んだ。


既に昼食を食べ終えている実果は午後の授業が始まるまでの時間を潰すため、図書室へ向かった。実果はあらゆる行動の合間に暇を挟むようにしている。


目当ての本があるわけでもなく書架を眺めてうろうろしていると、同じクラスの後藤という男が入ってきた。実果は自分に用があるのだと思って構えた。高校生が食事もとらずに読書とは考えづらいからだ。しかし後藤は実果に話しかけることなく、本を手にとり着席した。拒食の読書家に心当たりはない。やはりこの男、私を好きなんだと思わずに居られなかった。というのも、以前より時折目が合うことを実果は意識していたのだ。「困ったもんだな、私には好きな人がいるっていうのに」と実果は心の中で嬉しそうに振った。


人の顔をジロジロ見ながら暮らしていると、楽に想われ気分に浸れるのが心地よい。逆に多くの男に意識させてしまっているかもしれないのは少し怖いと実果は思う。


好きな人の顔が浮かんだ実果はその顔を見たくなった。読書に夢中の後藤のことは放って、図書室を後にした。

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