第一章 2

彼女は名を夏目実果と言う。コーポラス砂浜の301号室に住む高校生である。父親譲りのものぐさで、三日に一度は坂を登るのを諦める。


「だって、気候が手まねきしてたから」


路地を抜けた実果は責任を天に押し付けるような文句を吐きながら、急な石段を登っていった。


山道に入り、小さな峠の裏に回ると寂れた建物に辿り着く。


木々に埋もれつつあるこの廃墟は、随分前に役目を終えたゲームセンターである。


実果は木の葉の隙間からぽつぽつと零れる光を狙って踏みながら、カビ薫る屋内へ跳び込んでいく。


部屋は天井近くの細長い窓から差す日の光だけに照らされていた。


薄暗い中、実果は無造作に転がる椅子を器用にかわして店の奥へ向かう。


塗装が剥がれ錆に塗れたゲームマシンの前に立つと、手持ちの小銭を投入した。チャリン、と音がして、そのままの100円玉が釣り銭口から落ちてきた。


実果は近くの椅子に座った。ここへは三日に一度来る。埃を吸って咳き込んで、胸は多少苦しくなるが心は落ち着くようだ。


実果は蓋の向こうの100円玉を忘れずに拾い上げ、上着のポケットに放り込んだ。


鞄を抱えてファスナーを開けながら、実果はお店の外に出た。すぐそばのベンチに座った。日光に照らされた鉄の板はほんのり温かかった。


鞄をまさぐり、昼食のために用意したコンビニのミックスサンドを手に取る。


欠課中の早弁に興じようかとしたその時、ベンチのきしむ音の中に脇腹をくすぐられるような生温い声を聞いた。


「ニャー」


建物の中から聞こえる。

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