噓つきは非日常の始まり

@cactas

運も実力のうち

 教室を静寂が支配する。


 室内には十人近い男女がいるにも関わらず、だ。


 向かい合わせに座る二人の男子生徒を取り囲むように立つ男女の視線はその中心にいる二人に向けられて――いない。


 取り囲んでいる人間の視線は中心にいる男子生徒たちの手元――厳密にはその手にあるトランプへと向けられていた。


「どーする? 本日最後の勝負。出すか、出さないか」


 男子生徒の一人が向かい合わせに座る男子に問いかける。


「も、もちろん出すっ! 最後の大勝負。これで今までの分を取り戻す!」


 問われた男子は、叩きつけるようにを机の上に置いた。


「了解。じゃあ、俺もその心意気に応えるよ」


 そう言って、先ほど問いかけた男子は鞄から百円ショップで販売されていそうな、見るからに安っぽい猫の形をした貯金箱を取り出す。


「これも大分重たくなってきたし、一万円ぐらいにはなるかもな」


 一般的な高校生にしてみれば、一万円でも十分な金額だ。


 さらに言うと、この中身は貯金箱を持つ男子生徒の物ではなく、これまでこの男子生徒と戦い、敗れた者たちから得たお金によって満たされている。


 最後の勝負に挑むこの男子生徒も、今日のゲームを除いて過去三十回以上、勝負を挑み続けてきたが、二、三回しか勝ったことがない。それもこの貯金箱の中身を賭けていない、様子見の勝負で勝っただけだ。プラスマイナスでいえば、圧倒的にマイナスだった。


 それが気にならないのは賭けている金額が微々たるものであるからであり、、それが結果として遊びの範疇から出ず、教員からも注意を受けていない要因でもあった。


(大丈夫だ。今日こそは勝てる……っ!)


 そう思ってはいつも負けるのだが、今日ばかりは自分にツキ回ってきたという確信があった。


 今日の戦績は四戦二勝二敗。


 これまでは負け越しているのが当たり前だったが、今回は相手の引きが悪いのか、五分の内容だ。


 そして今の手札は今日のゲームで最高の手札。


「す、スペードのフラッシュだ」


 半ば勝利を上ずりそうになる声を抑えて、手札を公開する。


 賭ける、と決めた段階でゲームを降りることはできない。例え、お遊びのポーカーでも賭けは賭けだ。


(あいつの引きも悪い今日なら勝ち目は十分あるっ!)


「……なるほど。やっぱり今日は引きが悪いみたいだ」


「っ……てことは、俺の――」


 その発言を敗北宣言と捉えた男子生徒が自らの勝利に歓喜の声を上げかけたその時。


「――ホントに。間一髪だった」


 ――安堵の息を吐き、出した手札はダイヤの8が二枚とハートの5が三枚。


 フラッシュとフルハウス。


 勝者は今日ツキがないと思われていた男子生徒の方だった。


「くっそー! 今回は貰ったと思ったのにー!」


「いよいよ真嶋の貯金箱の封印が解かれると思って期待してたのにねー、残念」


「相変わらず、ここぞって時は引き強いよなー。それでイカサマなしっていうんだから、やっぱ真嶋と賭けやるのは勇気いるよな」


「実際、常勝無敗ってわけじゃないし。時と場合によっては勝てるんだけどな」


 勝負が終わった途端、周りを取り囲んでいた生徒たちが堰を切ったように話し始めた。


「この手のテーブルゲームはそんなもんだよ」


 真嶋と呼ばれた男子生徒はそう答える。


 もちろん、常勝無敗だったとしてもギャンブラーなどになるつもりはない。賭けは好きだが、人生を捧げようと考えるほどではなかった。


「真嶋っ! もう一勝負だ!」


 あと一歩のところで負けた。


 ならば、次は勝てると意気込んだ男子生徒が熱のこもった声でそう言った時。


「――その前にいいかしら」


 教室の入り口から放たれた言葉が続けて勝負を挑もうとする男子生徒を制止する。


 教室内の視線が声の主へ向けられる。


 視線の先にいるのは長い黒髪を首元で結った女子生徒。


 制服の上からでもわかる豊かな双丘を支えるように腕を組み、教室内をぐるりと見回す。


 その人物はこの学校内において誰もが知っている人物。


「九条……生徒会長」


 誰かが呟く。


 九条くじょう咲耶さくや


 頭脳明晰、眉目秀麗、文武両道、品行方正etc…。


 生徒のみならず、教師からも一目置かれる存在である。


真嶋まじまそうくんに用があるの。他の人は席を外してもらえるかしら」


『は、はいっ!』


 生徒たちは自分の荷物を持つと蜘蛛の子を散らすように教室から出ていく。


 結果的に教室に残されたのは男子生徒――創と咲耶の二人だけだった。


「あんなに慌てて、どうしたのかしらね」


 咲耶は早歩きで去っていく生徒たちを一瞥すると、創の方へと歩いていく。


「生徒会長はご自身の噂をお知りでないではない?」


 トランプを片付けつつ、創は尋ねる。


「概ね把握しているつもり。確かに私は敵と決めた相手を情け容赦なく追い詰めるけど、そんなの誰だって同じだと思うわ。もしあなたが自分を貶めようとする輩にも情けをかけるというなら、話は変わってくるかもしれないけれど」


 自分を貶めようとする相手に情けをかけるほど慈悲深い人間はそういない。創も咲耶の言い分に同意するところだ。


「その言い分はごもっとも。ただ、事実無根じゃない以上、噂には尾ひれがつくものだと思いますよ。それに生徒の大半は畏れ多い的な意味でああいう反応をしてるんじゃないですかね」


 実際、咲耶のことを心の底から恐れている人間は『情け容赦なく追い詰めた』人間以外はいないかもしれない。だが、それは咲耶本人が知るところではない。


「あなたはその『大半』に含まれていないようね」


「噂を信じて何度か痛い目にあったんで」


「それは興味深い話だけど、後にさせてもらうわ」


 咲耶はさっきまで創とゲームをしていた男子生徒が使用していた椅子に腰を下ろした。


「それで、話っていうのは一体なんです? 俺は生徒会長を貶めようなんて馬鹿なことを考えた覚えはないんですが」


 なにせ、この学校で一番敵に回してはいけない人物を敵にするだけでなく、全校生徒も敵に回すことになるのだ。考えて良いことはない。


「勧誘、と言ったら、あなたはどう思う?」


「冗談だと思います」


 即座に答える。


「そう。でも、冗談ではないわよ。私は本気であなたを誘っているの」


「誘う? ここの生徒会は十一月の選挙で決めるんじゃありませんでしたっけ?」


「ええ。でも、なにごとも例外はあるでしょう?」


 咲耶の言うように例外はある。


 この学校において、生徒会のメンバーは十一月の生徒会選挙で決まる。


 だが、唯一。生徒会長が指名した生徒は生徒会へ入ることが許される。上限は二名。たとえいかなる悪評があろうとも、全校生徒からバッシングがおころうとも、正当な理由さえあればよい。


「そうかもしれませんが、なぜ俺なんですか? 正直俺より優秀な人間なんてこの学校に結構いると思いますけど」


 成績は中の上。体力測定も平均レベル。部活動に入らず、ボランティア活動に勤しんでもいない。これといって目立った成果も出していない一生徒というのが創の自己評価だ。強いて言えば、遊びで始めたゲーム賭けにおいて、圧倒的な勝率を誇っていることだが、それを理由に勧誘してくるとは到底考えられない。


「あなたには特別な力がある、と言われたら……あなたは信じる?」


「……まぁ。そういうのは中学生と一緒に卒業しました。嫌いじゃないんですが」


 およそ、そう言った冗談を言いそうにない人間から飛び出した発言に耳を疑いつつも、創は答える。馬鹿にするでもなく、目を輝かせるでもなく、努めて冷静に答える創の態度に咲耶は安堵する。


「良かった。もしあなたが私の言葉を真に受けて、自分を選ばれた特別な人間だなんて言い始めたら、あなたを矯正しなければいけないところだったわ」


 さらりととんでもないことを言われ、創は距離を取るように椅子を少し後ろに引いた。


「……冗談でも怖いんでやめてもらえます?」


「あら? 噂は信じないんでしょう?」


 薄く笑みを浮かべる咲耶に背筋に冷たいものが走る。


「誰かが言い出した噂は噓が混じってますけど、自分で経験したら真実だと思わざるを得ませんよ」


 噂の段階ならどれだけ信憑性が高くとも、確固たる真実とは言えない。


 だが、『経験』という形で知ってしまったら、それは他の誰が噓だと言っても、自分自身にとっては紛れもない真実となる。


 とはいえ、さきの言葉を冗談と言わないあたり、噂自体の信憑性は高いかもしれない、と感じつつあった。


「話が少し逸れましたけど、仮にその特別な力っていうのが俺にあったとして、なんで生徒会長はそれがわかったんです?」


「わかった、というのは語弊があるわ。ただ可能性が高い人間を調べて回っているだけよ。あなたで六人目ね」


 さらりと言ってのける咲耶。


 しかし、質問した創自身は一瞬言葉を失いかけた。


「……あんな正気を疑われかねない質問を何回もしてきたんですか?」


「ええ。今のところ五分と五分かしら」


 あなたも含めてね、と補足する。


 こんなわけのわからない質問を過去五人もしていることも驚きの事実であるが、それよりも驚くのは九条が口にした『五分と五分』というところだった。


 今のところ当たりがない、というのなら適当に話を合わせて終わらせるつもりであったが、創を含めて六人のうち半分は本当に特別な力を持った人間がいると言っている。


 それが本当のことなら、どうしても確認しなければならない。


「ちなみに俺は『どっち』ですか?」


 自分が持つ者か、持たざる者かであることを。


 その問いに咲耶は微笑を浮かべた。


「十中八九、『こちら側』でしょうね。あなた、さっきのゲームでも『能力』を使ったのよ」


「……そうなんですか?」


「私たちが『能力』を使ったとき、近くにいれば、それが感覚としてわかるわ。と言っても、個人を特定するのは無理ね。近くにいるというのがわかる程度よ」


「じゃあ、俺はなんでわかったんですか?」


 感知できる範囲が狭く、それでいて漠然と『近くに存在する』としかわからないにも関わらず、なぜ自分が特別な力を持つ者であると言えるのか。


 あるいは、別に力を持つ者を判別する方法があるのかもしれない。


 そう考えての質問だったが――。


「なぜって、あなたがゲームをするたびに使っていたからよ?」


「へ?」


 しかし、咲耶が口にしたのはなんら特別な方法ではなかった。


「無意識のうちに使っていたのでしょうね。あんなに節操なく使っていれば、特定するのは簡単よ」


 ややうんざりした様子で咲耶が言う。


 この学校に入学してから今日までの間、創が色々なゲームを通じて賭けた回数は数えるのも馬鹿らしいレベルだ。どのタイミングで『能力』に目覚めていたにしろ、毎度使用していたとなると、最初に気付いたのは偶然だとしても、そこから個人を特定していくのは難しいことではないだろう。


「でも、おかげであなたの『能力』はある程度予想を立てることができたわ」


「どんなものなんですか?」


「あなたはおそらく、事象に干渉するタイプね。あなたがゲームでどんな不利な状況でも勝つのは力を使っているから。たまに負けるのは無意識に使っている分、力が不安定だからでしょうね。負けることで不審に思われていないのだから、結果的には良かったのかもしれないけれど」


「……それって結構強いんじゃないですか? こう運命操作的な感じで」


「どうかしら。それが出来るとして、あなたに人並みの欲望があれば、今頃ここにはいないんじゃないかしら」


「それは……そうですね」


 咲耶の言い分はもっともだ、と創は苦笑交じりに肯定する。


 無意識に、そして無差別に発動し、すべての事象に干渉するような力であれば、すでに良くも悪くも普通の人間と同じ生活を送ることはないだろう。この程度で済んでいるのは創が無欲だから、というわけではなく、『能力』に制限または限界があるという証左にほかならない。


「といっても、これはあくまで私の予想。もしかしたらもっとすごい力かもしれないし、たいしたことないかもしれないわ。それこそ『ギャンブルに勝つだけの能力』とか」


「それは……なんか地味ですね」


 特定の界隈では名を残せるだろうが、ピンポイントすぎて、使い勝手が悪い。


 もしそうなら、自分にはあってもなくても変わらない、と創は思った。


「さて、概ねあなたの身に起こっていることを把握してもらったところで、場所を代えましょう。聞かれて困るようなことではないけど、後が厄介だもの」


「場所を変えるって、どこに?」


「決まっているでしょう? 私の仲間がいる場所よ」

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