第六話 黒壇と白檀

 西日が落ち切りスマホのライトで照らす中、襖が激しく叩かれる。四隅にある盛り塩は何故か融けかかっており、限界が近いことがわかる。襖から漏れ出す霊気が部屋の温度を下げるように、冷気が立ちこみ肌を焼く。


「私ならあの人形達の注意を引き付けられると思うよ」

「ダメだ。何が起こるかわからないだろ」


 朔冬は顔を曇らせ琴葉の言葉を一蹴し、白い息が視界の一部を薄くした。苦笑した琴葉は余裕そうな表情で首を少し傾ける。


「大丈夫だよ。来る前に白檀のお香をたいいて、黒壇の数珠も持ってきてるから。あの子ならともかく、人形なら大丈夫。だから、少しだけこの部屋に隠れててよ」

「大丈夫っちゅう確信があるならええんちゃうん。ワイにええ考えはあれへんし」


 なぁ? と同意を求めるように、琉海は青い原色のダウンを着込みながら朔冬を見る。が、朔冬の表情は曇ったままだ。


「それは――」


 否定しようとして琴葉に、右手の人差し指で口を塞がれる。そっと、その人差し指が外れて、一歩近づいた琴葉が朔冬の両肩を掴み背伸びをした。口が朔冬の耳元に近づく。


「―――、―――」


 何事かを囁き、背伸びで離れたかかとが床に降ろされ、密着したつま先が一歩離れる。朔冬の視界に戻ってきた琴葉の口元は微笑んでいた。


 それの笑みを見た朔冬は深いため息を吐く。


「……わかった」


 了承はするが納得はいっていないような様子の朔冬は、両手で顔を隠した琉海の襟首の後ろを掴み、襖を開けた位置からは見えない本棚の影に引っ張っていく。


「ちょっ……転ぶ、転ぶやろ!」


 朔冬は琉海に目を向けることなく、琴葉に声をかける。


「気をつけろよ」

「うん。物音がなくなるまで、目開けちゃだめだからね」


 琴葉は視界から離れるその時まで、笑っていた。


 二人が隠れ終わった瞬間、襖が破られる。


 ガタッ!

 ドサドサドサッ、ゴトン! 

 カタ、キィンッ……

 コツン、コト……ト…………ト…………


 目を開け、周りを確認しようと立ち上がる。


「居なくなったみたいだけど」

「コトハ生きとるー?」


 琴葉の近くにあった本棚が倒れ、中身が散らばり散々たる様子になっている。そこに琴葉の姿はない。琉海が眉をひそめる。


「人形どころか琴葉までおらへんやん」

「やっぱりな。こうなると思ったから嫌だったんだ」


 朔冬は今日、何度目になるかわからないため息を吐いた。それを見た琉海は、半目になる。


「……サクは、ホンマにコトハに甘いわ」

「止めてただろ」

「押し切られとるのに、何ゆっとるんや」

「最初から同意してたルカには言われたくない」


 口喧嘩をしつつ、霧散した冷ややかな空気に違和感を覚えた。朔冬が足早に部屋を出る。


「ちょっ……!? サク置いていかんといて!」


 琉海の言葉に朔冬は聞く耳を持たない。廊下を速歩きで進む。二人分の足音以外の物音はない。それが、朔冬にとって逆に不気味に感じていた。


(あの人形達はどこに行った?)




    †




 琴葉はある和室の一室に佇んでいた。周りには数体の、腕や頭がバラバラになった人形が転がっている。その人形に触れ、呟く。


「ごめんね」


 小さい子どもの甲高い笑い声が木霊し、廊下からパタパタと軽い、裸足で廊下を走るような音が聴こえる。しかし、その状況下でも琴葉は微笑みを絶やさない。この屋敷を訪れた時に人形に驚いたような時とは違う、異質な雰囲気を纏う。


「……行かなきゃ」


 何かを聞きつけたように、かれるように琴葉の足が進む。




    †




 その頃、朔冬は大量の人形で埋まっていた部屋の前まで戻ってきていた。そこまで、朔冬は何にも合わなかった。あの、鬼ごっこが嘘だったかのように屋敷は静まり返っている。


「……この部屋入るん?」

「入るけど、嫌なら出口を確認してきてくれないか」

「何で、別行動する選択肢が増えたん……」

「そんなにビビらなくても、何にも会わないから心配いらないだろ」


 その朔冬の言葉に琉海は首を傾げる。


「……はぁ?」

。多分、今この屋敷を探しても、怪異には会わない」

「どういうこと」

「さぁな。とりあえずこの屋敷の外に出られるかだけ確認してきてくれればいい。俺はこの部屋を調べるから」


 話を遮られた琉海は、ガシガシと頭を掻いて顔をしかめ口を開く。


「わーった。十分か十五分ぐらいで戻ってくるわ」


 朔冬がそれに頷き、琉海が玄関へ向かう。それを見送ってから、朔冬は部屋に向き直った。


 勢い良く襖を開ける。その部屋に、大量にあった人形が全て消えていた。

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