第五話 迫るは何か
「やっと居ったぁ!」
「うるさい。驚かせるな」
居たのは琉海だった。走って暑かったのか、青い原色のダウンは小脇に抱えている。バッと走り寄り、琉海の両手が朔冬の肩に食い込む。抱えていたダウンが、床に軽い音を立てて落ちる。
「冷たない? 死ぬ思いして囮したっちゅうのに……」
「ルカなら死なないだろ」
「その
言い合いの水面下で、手を外そうと朔冬が藻掻くが琉海の手はビクともしない。
「まぁ、ええわ。いやもう、聞いったって! あの追いかけてたやつはデッカなっとるし、大量の人形にも追いかけられるしで、大変やったんやって! な!」
琉海が力いっぱいに揺さぶり、朔冬の頭が揺れる。
「わかった、から! 揺さ、ぶるな、っ!」
「いいや! わかっとらんやろ! 囮になったこっちの身にもなってみぃ!」
琉海の力が抜けることはない。離すつもりはないらしい。
「いい加減に、しろ!」
引き寄せられる瞬間に両腕を掴み、揺れたおかげでふらついた頭を固定させ、身体を捻り、留守になっている琉海の足を右足で払った。一瞬、琉海の身体が完全に宙に浮く。
「うわっ!?」
そのまま重量に逆らわずに床に落ちた。ドスンという重たい音が書庫に響き、床に積もっていた埃が舞う。
「痛ッた! ……ちょっとじゃれただけやろ! 本気にせんといてや!」
咄嗟に体を丸めて受身を取っていた琉海は、打ちつけた腰を擦りながら身を起こす。
「自分が、馬鹿力なのを自覚しろ」
朔冬が近くの本棚に手をつきながら、まだ揺れている気がする脳を支えて
その喧嘩に本棚と壁の間で、小ぢんまりと膝を抱えて座り込んでいる琴葉が、クスクスと笑い出した。
「仲が良いね」
琴葉の言葉にそんなことないと否定したいのに、目の前の人物に言うのは
「……ちゅうか、コトハはそこで何やっとん」
「サク君に押し倒されたの」
「最初に押し倒したのはコトハだろ」
「…………」
琉海は、何言ってるかわからないと言った表情だ。
「ホンマに、何やっとんの。何ちゅう羨ましい」
琴葉に向かってではなく、朔冬に向かって真顔で言う琉海。
「……念の為に言っておくけど、ルカが思っているようなことは一切無かったからな」
「そうだよ。ちょっと勢い余っただけで」
「コトハ?」
朔冬が琴葉に、これ以上余計なことを言わせないため、目線で訴える。それを察したのか、琴葉は右手の人差し指と親指で口をなぞった。お口はチャックということらしい。
生暖かい目をした琉海が、服についた埃を払いながら立ち上がる。
「……まぁ、ええわ。これ以上はワイが虚しくなる」
「違うからな?」
「ええって。そんな気遣い」
琉海と朔冬には、拳一つ分の身長差がある。琉海が立ち上がった今、朔冬に開け放たれた襖の外は見えない。
「いや、だから」
「しつこいで? ホンマ」
琴葉が本棚から顔を覗かせ、襖の外を見つめる。
「コトハ、気をつけた方がええで? サクは――」
その先は朔冬に口を手のひらで塞がれ言えなかった。
琴葉は襖の外から視線を外さない。
「コトハ? どうした?」
琴葉は目線を朔冬に移し、服の裾を引っ張る。外を見ろということらしい。
「喋っていいけど……そういえば、ルカ。お前を追いかけてたやつはどうしたんだ」
「撒いたはずやけど」
朔冬が外を見て険しい表情をする。
「……どうしたん」
「…………」
「ちょっ……何か喋って? 怖いやん」
ギギギと金属が擦れるような効果音を発しそうな動きをして、琉海が振り返る。
そこに居たのは髪が床にまで届き、カタカタと動く日本人形が六体。色とりどりの着物姿に赤いシミが付着し、その口は総じて口角を
朔冬が警戒しながら近づき、襖をそっと閉じる。襖が壊れそうな勢いで叩かれ始めた。
「……撒いたって言ってなかったか」
「……撒いたで。幼女は」
「凄いね! 勝手に動く人形なんて始めて見た!」
琴葉は手を合わせて喜んでいる。
「ある意味、尊敬するわ。どうするんこれ」
「入ってこれないとは言え、袋小路だからな」
危機的状況に朔冬と琉海が話し合う。
「私がどうにかしようか?」
「ワイはもう囮嫌やで」
「強行突破以外に方法があればいいんだが、出入り口はそこ以外ないしな」
「……あれに物理効くん?」
琴葉が朔冬の袖を引っ張る。が、反応はない。
「ねぇ? 聞いてる?」
「あー、聞こえへん。聞こえへんなぁ」
「私、どうにかできると思うよ?」
「却下」
琴葉の言葉は聞き入れられない。その間にも襖は叩かれ、その勢いは強まっている気がした。
「時間はないよ」
そう琴葉が宣言する。
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