第四話 魔を返す物

 今まで琴葉が興味を示して行く場所の大半が曰く付きの場所だった。それも、相応の準備をして。それが育て親の叔父が住職だったからなのか、民俗学でそういうものを専門にしてるせいなのか(恐らくどちらともだろうが)。琴葉は曰く付きの場所に行っては何かの怪異が起こればいいと言わんばかりに行動を起こす。


「それで、今回は?」

「入った時のお札と、塩と、今回のとっておきの魔封じの鏡。相手の全体を写せば封じれるらしいよ」

「らしい」

「私にはわからないから」


 一見、古びた木製の枠にはまった手鏡だ。裏面に何やら模様が入っているが、朔冬にはよくわからない。


「どこで手に入れたんだ?」

「えっと、フリマアプリ? 大丈夫だよ。説明文的に本物」

「…………」


 キラキラとした目で言う琴葉には悪いが、信用ならないと朔冬は思う。魔封じの鏡だと確信できる説明文とは、とも思う。その朔冬のいぶかしげな表情に琴葉が一言付け加える。


「もし、違っても足止めぐらいできると思う。鏡自体が魔を跳ね返すモノだから」


 だから良いと言う話でもないが、無いよりはマシだろうと、朔冬は手鏡を受け取る。


「……アレの正体は」

「それはこの部屋の本を調べてからだけど」


 そういえばと部屋を見渡してみれば、この部屋は書庫だったようで、一般的な糸綴じの本や、昔の和綴じの本が棚にぎっしりと保管されている。


「予想だとタタリモッケの類いかなと」

「たたりもっけ」

「簡単に言うと、座敷童子は幸運をもたらすものだけど、それとは逆で、末代までたたるみたいなやつかな」


 説明をしながら、琴葉は立ち上がって部屋の隅で何かをしている。こちらに背を向けているせいでわからない。


「コトハ?」

「調べてる途中で邪魔が入るとあれだから、気休め程度にお塩でも盛っておこうかと」


 その為なのか、琴葉は小皿まで持ってきていたようだ。琴葉が四隅に塩を盛る間、ただ待っているのもと思った朔冬は、身近にあった糸綴じの本を手に取る。ずっしりと重いそれを確認しようと開く。


「……っ……」


 出かけた悲鳴を押し殺す。本が手から滑り落ちた。その本には。


 赤黒い文字がビッシリと、大きさや向きはバラバラに時々重なって書かれていた。かろうじて読み取れるのは「助けて」の文字のみ。まるで、錯乱して書いたような、血溜まりのようなページ。それにこびり付いた狂気に悪寒が走る。


「サク君?」


 琴葉の言葉にハッとして、落とした本を拾う。


「なんでもない」


 本をもう一度見てみると、先程見たページは無い。パラパラと本全体を確認しても、赤い文字は見当たらない。


(何だったんだ)


 一呼吸置いて、本の表紙を確認する。表紙には「地方における子供の民俗的事実」と書かれている。


「何の本?」


 ふわりと白檀が香り、琴葉の気配が後ろに迫る。朔冬はその気配に目をやり、本を差し出した。


「ん」

「『地方における子供の民俗的事実』……私の専門だね」

「ここにある本は大体そうだろ」


 朔冬が言葉を返している間にも、琴葉はその本を読み始め、反応は返らない上に恐らく聞いてもいない。


「私、この本調べてるね」


 一度目線が上がったが、一言言ってまた下がる。朔冬はこうなったら読み終わるまで動かないのを知っていた。


 朔冬は本を読む琴葉を邪魔しないように、少し離れ、襖にもたれ掛かる。


 部屋に静寂が訪れる。あるのはページをめくる微かな音と部屋の上部にある曇ガラスから射し込む淡い西日の光。その読書には心許ない光が、本に集中しきった琴葉を照らす。状況に合わない、どこか神聖な光景。この光景を人は美しいと表現するのだろうなと朔冬は思う。


 ただ、その静寂は長くは続かなかった。


 襖の外から迫る足音を朔冬が捉える。


「…………」

「サク君?」


 困惑顔の琴葉の腕を引っ張り、壁と本棚の間の空間に隠す。ほとんどそれと同時に襖が勢いよく開いた。


 襖を開けたそれに視線を移す。

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