第三話 少女の嘆き
一番この状況下での最良の選択は、琉海に琴葉を任せ、朔冬が少女を引きつけるものだ。その為に琴葉より先に、少女の暴走の引き金を引いたのだから。
琴葉の手を引き、走る。屋敷の中は思ったよりも広く、方向感覚が狂う。まずは一回撒かなければ話にならない。
「あー! もー! 何なん! 何でこうなったん! 何で今走っとんの!」
「うるさい。理由なら、後ろ見れば」
「見れるか! アホ!」
「なら、黙って、走れ」
撒けそうでも琉海の声で位置がバレかねない。
「ルカ君、ごめんね?」
突如として腕を引っ張られ、朔冬は床に押し倒された。
速さの割に小さくカタンと鳴り、閉まった襖。いつもより強く香る、線香とは少し違う上品で甘い匂いが思考を一瞬鈍らせる。
遠ざかる琉海の悲鳴と、ヒタヒタという小さな足音が襖の向こうを通り過ぎていった。
いきなりの事態に、思考が追いつき始めた朔冬が口を開く。
「……コトハ、近い」
「あぁ、うん。ごめんなさい」
ここにもし他の人物が居たなら、勘違いされそうな体勢からお互い身を起こす。そこにありがちな羞恥心を感じさせる表情はない。
「ルカは?」
「このままだと
「したのか」
「しました」
琴葉が小さく
「ルカ君なら、大丈夫だよ」
†
「よろしくって何!!」
琉海は少女との決死の鬼ごっこを続けていた。
「一瞬、ドキってしてもうたやん!! コトハやのに!」
「マッテ、マッテヨ」
琉海は別れ際に
「っちゅうか、サクも甘いねん!! コトハを止めるなら最初に止めろっちゅうねん! ホンマ!!」
「ズット、イッショニ」
走りながら吠えるという器用なことをしながら、必死に後ろの存在を気にしまいとしていた。
「全く、ワイは駅前のカフェ店員のネーちゃんに告白するまで死ねへんのや」
「マッテ、マッテ」
「だから、待って待ってって待つか! アホ!」
関西人としての血が
「振り返ってしもうた……」
そこに先ほどまでいた少女の姿はない。少女の髪の色と同じ色をしていた着物は煤けて乱れ、手足は驚くほど細く白い。赤い目は白目まで赤く染まり、白い髪が触手のように広がっている。そして、とんでもなく大きい。頭が天井の高さを超えているために不自然に肩から首が曲がっている。そんな、この世には存在しないような怪異。それが、頭を天井にズリながら、ヒタリ、ヒタリと迫る。
「マッテ、オイテイカナイデ」
「…………」
言葉を失ったのは一瞬。その異様な存在に、気圧され口が乾く。
「ナンデオイテイクノ、マッテマッテヨ、イッショニイヨウヨ。ナンデ? マッテマッテマッテ クライノハイヤ」
琉海を
「……っ……ちょっとそっちこそ待って。一回話をしようやないか。話の通じん幽霊さんちゃうんやろ。とりあえず話してみ」
引きつった笑顔で早口に語りかける。
腕と髪は止まらない。
「やっぱ、無理なんかい!」
迫ってきたそれを回避しようとしたが避けられず、髪が腕に絡まる。その時、朝にコトハから渡されたものを思い出した。
ポケットに突っ込んだ、白い粉が入った小瓶。それを咄嗟に投げる。それが、怪異の顔面に当たり、粉が舞う。
「ギャアアアァァ」
苦しむ様子に、琉海は一歩、一歩と後退り距離を取る。しばらく襲ってこないだろうと踏み、その場を駆け出した。
「……危なかったわ」
とりあえず、どこかの部屋に入ろうと襖を開ける。
「ギャアアアァァ」
怪異と同じような悲鳴が上がった。
†
「何の根拠があって?」
「えっと、信号機カラーだから?」
「…………」
ジョークなのか真面目なのか雰囲気ではわからない。
「冗談。ここに来る前にお塩持ってもらったの」
「…………はぁ」
琴葉の真面目な返答に朔冬は大きなため息をつく。
「こうなることが分かってて来たんだな?」
「……そうです」
若干の間があったのは、琴葉も罪悪感を抱いたからなのか。
「でも、サク君も薄々わかってたでしょ? 私がこういう場所に来たがった時点で」
「勘違いならいいとは思った。その自ら危険に飛び込んで楽しむのどうかと思うけど」
その言葉に琴葉はクスクスと笑う。
「そういうことは最初に言わないと」
「言って止めても、一人で突っ込むんだろ。知ってる」
「ちゃんと安全策は取ってるよ。今日も。だからさっきのも遮らなくてよかったのに」
少女との会話を遮ったことを言っているらしい。
「……無事な確率は百じゃないだろ」
「サク君の無茶よりマシだよ」
何も持ってないでしょ。と誘った本人が言う。どこか納得がいかない。後悔やら
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